面接マナーをめぐる論争が米国で起きている。争点はアイスコーヒーだが、背景にあるのはAI選考で消耗した新卒市場だ。
1 コーヒー一杯から始まった論争
発端は、フロリダで人材紹介会社を率いるキャトリン・ワイアイネンがTikTokに投稿した一本の動画だった。内容は単純である。Z世代の応募者が、アイスコーヒーやアイスラテを手に持ったまま面接の部屋に入ってくる。あれはやめたほうがいい、という助言だ。
理由として挙げられたのは、飲み終える時間さえ作れなかったように見える、というものだった。
この動画が拡散し、議論は一気に世代間の衝突へ発展した。米国のメディアはこぞって取り上げ、CBCもNBCも特集を組んだ。論争には「コーヒーゲート」「2026年の大アイスコーヒー論争」という名前まで付いた。
2 「礼儀の問題だ」と「時代錯誤だ」
上の世代の言い分はこうである。面接は評価の場であり、飲み物を持ち込むのは準備不足と緊張感の欠如を示す。形式を軽んじる人間は仕事でも軽んじる。
Z世代側の反論はこうだ。厳しい労働市場を勝ち抜いてきた人間に対して、個人の嗜好の話を持ち出すのは本質からずれている。評価すべきは中身ではないのか。
リクルーター側も「これはコーヒーの話ではない」と説明している。つまり、飲み物そのものではなく、その場をどう捉えているかが読み取られる、という主張である。言い分としては筋が通っている。
だが、この論争が奇妙に見えるのは、いま新卒が通らされている選考の中身を横に置いたときだ。

3 彼らが突破してきたものの正体
オーストラリアのメディアが指摘した論点が鋭い。いまの新卒応募者は、面接の部屋にたどり着くまでに何を通過しているか。
まずキーワードフィルタがある。応募書類は人間に読まれる前に、特定の語が入っているかどうかで機械的に選別される。次にAIによるスコアリングがある。続いてボットが進行する動画面接がある。カメラに向かって一人で話し、表情や話速まで採点される。そのうえで、数個の枠に数千人が応募している。
同じ記事は、新卒向け求人が前年に約15パーセント減り、3年連続の減少になったこと、そしてAIの影響を受けやすい職種ほど落ち込みが大きいことにも触れている。
この関門をすべて抜けて、ようやく人間と向き合える。そこで最初に言われるのが飲み物の話だとしたら、言われた側が白けるのも無理はない。
4 日本の就活マナーは、もっと徹底している
日本の読者にとって、この論争はまったく他人事ではない。むしろ米国より厳格な形式が長く維持されてきた。
ノックは3回。入室したら一礼してから着席。鞄は椅子の横に立てて置く。髪は耳を出す。証明写真は3か月以内。こうした作法は、どこかの法律に書かれているわけでも、採用担当者の総意として決まったわけでもない。就活マナーを教える産業と、それを前提にした情報の再生産のなかで固まってきたものだ。
形式が果たしていた役割はあった
公平を期して言えば、形式には機能があった。応募者を横並びで比較する手間を減らし、評価者の主観が入り込む幅を狭める。何を着ればいいか分からない人に、とりあえずの答えを与える。
問題は、その機能をいま何が担っているかである。横並びの比較も、主観の排除も、すでにAIによる一次選考が引き受けてしまった。作法の出番は減っている。
それでも残る、たった一つの実務的な理由
とはいえ、面接に飲み物を持ち込むのが得策かと言われれば、日本の環境では勧めにくい。理由はマナーではなく確率である。目の前の面接官がどちらの価値観の持ち主かは、座るまで分からない。減点する人が一定数いる以上、わざわざ賭ける必要はない。
これは「正しいから従う」のではなく「安いコストで消せるリスクだから消す」という判断だ。マナーを内面化する必要はない。
5 説教する側が見落としていること
この論争の本当の教訓は、作法の是非ではないと思う。
採用する側は、選考の入口を機械に任せた。書類も、一次面接も、スコアリングも。人間が出てくるのは最後の最後である。そうしておきながら、たどり着いた応募者には昔ながらの振る舞いを求める。
要求の中身が矛盾している、と受け取られても仕方がない。コーヒーを持ってきた学生を責める前に、その学生が何を通ってきたかを一度見たほうがいい。
よくある質問
面接に飲み物を持ち込むのは実際にマイナスになるのか?
評価者によって判断が割れる。米国の論争でもリクルーターは準備不足に見えると指摘する一方、応募者側からは本質的でないという反論が出ている。日本では形式を重視する面接官が一定数いるため、あえて持ち込む利点は乏しい。マナーとして正しいかどうかではなく、避けられるリスクは避ける、という実務的な判断で足りる。
なぜ「コーヒーゲート」はここまで話題になったのか?
飲み物そのものより、世代間の価値観の違いが可視化されたためである。形式を重んじる上の世代と、厳しい就職環境のなかで本質を重視したい若い世代の対立として受け取られ、米国の主要メディアが相次いで取り上げた。論争の背景には、新卒求人の減少とAI選考の負担増がある。
いまの新卒はどんな選考を通っているのか?
応募書類のキーワードによる機械的な選別、AIによるスコアリング、ボットが進行する録画面接といった段階を経て、ようやく人間と会う形が一般化しつつある。オーストラリアの報道によれば、新卒向け求人は前年に約15パーセント減少して3年連続の減少となり、AIの影響を受けやすい職種ほど落ち込みが大きかった。
就活マナーはこれからどうなるのか?
横並びの比較や主観の排除といった、マナーが担ってきた機能の多くはAIによる一次選考が引き受けつつある。形式の重みは下がる方向にあるが、面接官個人の価値観がなくなるわけではないため、短期的には形式を外さないほうが安全な状態が続くと考えられる。


