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世界はクリリンをどう読んできたか――鳥山明『ドラゴンボール』における「最強の地球人」の文化人類学
鳥山明『ドラゴンボール』における「最強の地球人」の文化人類学
はじめに――神々の戦いに紛れ込んだ一人の人間
日本の漫画とアニメが世界規模の文化的影響力を獲得していく過程において、鳥山明原作『ドラゴンボール』が果たした役割は計り知れない。同作はもはや単なるエンターテインメント作品ではなく、世界各地でそれぞれの社会的・歴史的文脈に根を下ろし、独自の解釈を生み出しながら受容され続けてきた。
物語が進むにつれ、戦闘の舞台はサイヤ人、神々、宇宙人といった天文学的な戦闘力を持つ者たちのものへと移っていく。そのパワー・インフレーションの極致において、初期から登場する地球人の武道家「クリリン」は、極めて特異な、そして重要な立ち位置を占め続けてきた。
本稿の目的は、このクリリンというキャラクターが、各国・各文化圏でいかに解釈され、いかに受容されているかを多角的に検証することである。絶対的な力の差という絶望的な状況下にあって、限界を抱えた一人の「人間」であるクリリンは、読者と視聴者が作品世界に感情移入するための認識論的なアンカー、すなわち繋ぎ止めの錨として機能してきた。本稿では、全世界規模の公式人気投票のデータを詳細に分析するとともに、北米、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、アジアという四つの主要な文化圏におけるファンダムの反応、作中における「最強の地球人」というテーゼ、そして人造人間18号との関係性、警察官という社会的役割の獲得といった諸要素を通じて、クリリンが言語と国境を越えていかなる文化的・社会的意義を付与されてきたのかを解き明かしていきたい。
第一章 クリリンはいかにして造形されたか
クリリンというキャラクターは、物語初期において主人公・孫悟空のキャラクター性を際立たせるための対比的装置として生み出された。原作者・鳥山明の担当編集者であった鳥嶋和彦は、当初の悟空が「素直すぎて特徴に欠ける」と指摘したという。これを受けて鳥山は、悟空とは対照的な、「小賢しく、狡猾で、少し意地悪」な要素を持つキャラクターとしてクリリンを登場させた。
図像と出自に込められた東洋性
デザインの観点から見ると、彼の日本名「クリリン」は「栗」と中国の「少林」に由来している。視覚的にも少林寺の僧侶としての図像学が採用されており、多林寺で8年間にわたって修行したものの、兄弟子たちからいじめの標的にされ、そこを逃れて亀仙人に弟子入りを志願したという出自を持つ。額に並ぶ6つのお灸の跡、彼が着用するカンフーシューズ、そして鼻のない特異な顔立ちは、そのままアイデンティティの一部となっている。なお、鼻がないことについては、ギャグ漫画の名残として「皮膚呼吸をしているから」という設定が公式に与えられている。
「狡猾なライバル」から「最も信頼できる親友」へ
初期のクリリンの動機は、純粋な強さの探求というよりも、「女の子にモテるため」「いじめっ子を見返すため」という、極めて世俗的で人間的なものだった。亀仙人への弟子入りに際してエロ本を賄賂として差し出したり、ランチが作った食中毒を引き起こす料理を悟空に食べさせたりする狡猾な姿が描かれていた。しかし、ともに過酷な修行――例えば建設作業のような実戦的訓練――を乗り越えていく中で、彼の役割は「狡猾なライバル」から「最も信頼できる親友」へと静かに変容していく。
知略と人間性を体現する者
占いババの闘技場でドラキュラマンに敗北したものの、その後の透明人間との戦闘では、ヤムチャを勝利に導く機知に富んだ戦略を立案している。このエピソードは「力ではなく知略で戦う」という彼の基本パラダイムを確立した重要な一節である。
物語がサイヤ人編、フリーザ編、セル編へと進み、敵の戦闘力が天文学的に跳ね上がっていく中で、クリリンは前線に立ち続ける。フリーザ編における戦闘力のベンチマークが1億を超える次元に達した際、地球人たちの戦闘力は数十万レベルに留まっており、そのギャップは絶望的とも言える規模であった。それにもかかわらずクリリンは、気円斬や太陽拳といった、純粋なパワーの差を戦術で埋めるための独自のスキルを駆使して生き延びる。
彼は圧倒的な恐怖に直面した際、自己の無力さを疑い、時に恐怖に竦むという、極めて人間的でリアルな反応を示す。怯えながらも、友のために死地に赴き、時間を稼ぐ――この姿勢こそが、神々や宇宙人が跋扈する世界観のなかで読者の視点を代弁し、物語のリアリティを担保する不可欠な要素となっているのである。
第二章 数字が語るクリリン――グローバル人気構造の変遷
クリリンに対するグローバルな評価を定量的に測るうえで、過去の公式人気投票の推移と、2025年から2026年にかけて開催された『ドラゴンボール』40周年記念の第1回全世界キャラクター人気投票「DRAGON BALL THE ONE」の結果は、極めて重要な一次データを提供してくれる。
国内向け投票における長期的推移
過去に日本国内や特定の読者層に向けて実施された投票において、クリリンの人気は時代ごとに一定の変動を見せてきた。1995年の『週刊少年ジャンプ』読者人気投票では10位以下の圏外であり、上位5名のみが公開されたなかで1位は孫悟空、2位はベジータ、3位はトランクスであった。一方、2004年の公式ガイドブック『Dragon Ball Forever』のキャラクター投票ではクリリンは第7位に736ポイントを集める健闘ぶりを見せ、上位は孫悟空、ベジータ、孫悟飯という顔ぶれであった。さらに2018年のスポーツニッポンによるアンケート調査では第15位、得票率1パーセントという結果に落ち着き、上位には『ドラゴンボール超』放送の影響でビルスやヒット、ゴクウブラックといった新規キャラクターや強力な敵役が新たに食い込んできた。
2004年の完全版ガイドブック発行時には7位という極めて高い支持を獲得していたものの、2018年には新世代キャラクターの台頭という時代の波を受け、相対的に順位を落としていることが分かる。
「DRAGON BALL THE ONE」の衝撃
『ドラゴンボール』の原作漫画に登場する全212キャラクターを対象とした初の全世界規模の投票「DRAGON BALL THE ONE」において、クリリンは数段階のサバイバル形式を勝ち抜き、FINALステージに進出した21名の中に名を連ねた。なお、この投票には敗者復活戦というシステムが用意されていたが、クリリンは本戦の得票のみで順位を維持している。敗者復活戦ではグルドが神様に、プーアルが神龍に、亀仙人が人造人間17号に敗れているなかで、クリリンの底堅い支持層の存在が証明された格好である。
最終的なグローバルランキングにおいて、クリリンは第11位という結果を記録した。1位から順に並べれば、1位が主人公でありサイヤ人の孫悟空、2位がサイヤ人のベジータ、3位がサイヤ人と地球人の混血である孫悟飯、4位がナメック星人のピッコロ、5位がサイヤ人合体態のベジット、6位が混血サイヤ人である未来トランクス、7位がサイヤ人のバーダック、8位が地球人ベースの改造人間である人造人間18号、9位が人造人間のセル、10位が宇宙人にして帝王のフリーザ、そして11位にクリリンが続く。さらに12位がヤムチャ、13位がブルマ、14位が三つ目人の末裔とされる天津飯、15位にはギャグ・ミーム枠としてブルマの家の黒猫が滑り込むという結果であった。
ここから導き出される最も重要な分析的インサイトは、クリリンが「純粋な地球人の戦闘員」としては全世界でトップの支持を集めているという事実である。上位10名がすべてサイヤ人、主要な敵ボスであるフリーザやセル、あるいは物語の根幹を成す特異なキャラクターであるピッコロや人造人間18号で占められているなかで、クリリンはヤムチャや天津飯を抑えて11位に位置している。インターネット特有のミーム的な投票行動――戦闘力5の農夫が23位、イルカが30位、人魚が31位に入り込むといった現象――が見られたにもかかわらず、彼はメインキャラクターとしての威厳を保ち続けたと言ってよいだろう。
デモグラフィックが映し出す愛され方
本投票では、投票者の属性データも公開されている。全体の男女比は男性69パーセント、女性26パーセント、その他5パーセントであった。世代別に見ると、10代から20代の若年層――全体の約47パーセントを占める――は孫悟空、ベジット、孫悟飯といった「純粋な力」と「変身」を象徴するキャラクターを好む傾向がある。
一方、50代以上の層――全体の4パーセント――のランキングでは、1位が孫悟空である点こそ変わらないものの、2位にピッコロ、5位に人造人間18号が食い込んでくる。この現象は、物語の初期から連載を追ってきた成熟した読者層が、単なる強さだけでなく、キャラクターの精神的成長や関係性、特にクリリンと18号の夫婦の物語のような要素を高く評価していることを強く示唆している。
地域別の得票率比較においても、ヨーロッパ地域で亀仙人が、北米地域で界王神(シン)が、中南米地域でスケルトンやビーといったサブキャラクターが相対的に高い得票率を示すなど、文化圏ごとの独特な嗜好性が確認されている。クリリン単体の地域別突出データは明記されていないものの、全体の11位という順位は、地域ごとの極端な偏りに依存しない、グローバルに均質で安定した人気であることを裏付けていると見てよい。
第三章 ラテンアメリカ――共同体儀式と「生々しい共感」
メキシコ、ブラジル、ペルー、エルサルバドル、ボリビアなどラテンアメリカ圏において、『ドラゴンボール』は単なる人気アニメの枠を完全に超越している。1990年代から2000年代にかけて育った世代にとって、それは「文化的アイデンティティの中核」として機能しているのである。
ラテンアメリカにおけるクリリンの受容を語るうえで欠かせないのは、現地のメディア流通形態と、作品が「検閲なし」で放送されたという歴史的事実である。
検閲なき放送がもたらした感情的衝撃
北米での初期放送において、アニメは厳しく検閲され、暴力描写のカット、独自BGMへの差し替え、不自然なダビングが行われていた。これに対してラテンアメリカ圏では、日本のオリジナルに極めて忠実な形で、暴力や死の生々しい描写もそのままローカルの地上波で無料放送された。
この非検閲方針は、物語の感情的インパクトを劇的に増幅させることになる。とりわけナメック星編において、クリリンがフリーザの念動力によって空中に持ち上げられ、木端微塵に爆破されて殺害されるシーンの衝撃は、ラテンアメリカの子供たちにトラウマ的なまでの深い感情的刻印を残した。クリリンのこの理不尽な死は、親友である悟空を伝説の「超サイヤ人」へと覚醒させる物語最大のトリガーであり、その強烈なカタルシスはラテンアメリカの視聴者によって社会現象レベルで共有されていったのである。
公共財としての『ドラゴンボール』
ラテンアメリカの特定の地域では、停電が発生した際、発電機を持つ地元の商店(コルマド、colmado)に近隣住民が集結し、子供から大人までが野球の国際試合を観戦するかのように『ドラゴンボールZ』のエピソードに熱狂したという証言が多数残されている。新作エピソードが放送される週にはカルテルによる犯罪率が統計的に低下するという都市伝説や、メキシコの公共広場において『ドラゴンボール超』の最終回が――著作権的には非正規であったが――数万人規模でパブリックビューイングされたという事象は、本作がいかにラテンアメリカの共同体と結びついているかを雄弁に物語っている。年配の世代からは、悟空のスペルミスである「Kokun(コクン)の番組」として親しまれているという逸話も伝わっている。
こうした文化的土壌においては、ディズニーの『リメンバー・ミー』(原題『Coco』)や『ミラベルと魔法だらけの家』(原題『Encanto』)のような、意図的にラテン文化をパッケージ化した西洋発のコンテンツよりも、『ドラゴンボール』のほうがヒスパニック層から熱狂的な支持を集めるというミーム現象まで生じている。
その背景には、クリリンのような「生まれ持った特権を持たず、弱くとも不条理な暴力――フリーザやセルなど――に立ち向かい、時に犠牲となりながらも決して諦めない」キャラクターの存在がある。過酷な経済的・社会的現実を生きるラテンアメリカの人々にとって、クリリンの忍耐(レジリエンス)は自身の生活の闘争と深く重なり合い、深い共感と愛情、すなわちラテン文化における「カリーニョ(carino)」をもって受け入れられているのである。
第四章 ヨーロッパ――原体験のノスタルジアと地域言語のアイデンティティ
ヨーロッパ、特にフランスとスペインにおけるクリリンの受容パラダイムは、初期の無印『ドラゴンボール』への強烈なノスタルジアと、地域特有の放送史に深く結びついている。
フランス――『クラブ・ドロテ』と原点回帰の支持
フランスはヨーロッパにおける日本アニメ受容の最大の拠点の一つである。同国では1988年3月より、国民的子供番組『クラブ・ドロテ(Club Dorothee)』においていち早く『ドラゴンボール』の放送が開始され、たちまち熱狂的な社会現象となった。
フランス語圏――スイスやベルギーのフランス語圏を含む――の視聴者は、北米のようにサイヤ人編以降の「Z」から作品に触れたわけではない。少年期の悟空とクリリンが亀仙人のもとで修行に励み、天下一武道会で競い合う初期の冒険活劇から、彼らとともに成長してきた歴史的経緯がある。
そのため、フランスのファンダムにおいてクリリン――フランス語の古いダビング等における特有の発音も含め――は、「主人公の永遠の兄弟弟子」としての地位が極めて高く、絶対的な尊敬を集めている。戦闘力のインフレーションによって地球人が脇役化する以前の、コメディや機知に富んだ彼の活躍が視聴者の原体験として深く記憶に刻まれているため、「クリリンは過大評価されているどころか、物語全体を通じて過小評価されている」と彼を擁護する熱心なファンベースが今なお存在している。
スペイン――地方分権的放送と地域言語への包摂
一方、スペインにおける伝播のメカニズムは、ヨーロッパの中でも極めて特異なモデルであった。スペインでは1990年2月に放送が開始されたが、全国ネットの放送局ではなく、ガリシア州のTVG、カタルーニャ州のTV3、バスク州のETBといった自治州の地方局から個別に火がついていったのである。
特筆すべきは、カスティーリャ語(標準スペイン語)ではなく、ガリシア語、カタルーニャ語、バスク語といった各地域の公用語でダビングされた点である。これにより、『ドラゴンボール』はフランコ独裁政権後に復権を目指していたマイノリティ言語の文化的プラットフォームとして機能し、地域アイデンティティとアニメのキャラクターが深く結びつくという、特異な社会現象を引き起こした。
なお、スペインにおいては1994年に全国紙『エル・パイス』(El Pais)が「日本は自国の子供に見せないような暴力アニメを世界に輸出している」と批判的な見出しを掲げるなど、アニメの暴力表現に対する論争も起きた。しかし、こうした論争を超えて、マジンガーZやキャプテン翼と並び、世代を超えた国民的コンテンツとして定着していったのである。
このような言語的・文化的土壌のなかで、クリリンは単なる異国のキャラクターではなく、自身の母語である地域言語を喋る「身近な存在」として、ヨーロッパ社会のノスタルジーの一部を形作っている。
第五章 北米――戦闘力ヒエラルキー論争とパロディ文化
アメリカ合衆国をはじめとする北米地域では、クリリンの受容形態は二つの側面から特徴づけられる。一つは「パワー・スケーリング(戦闘力の格付け)」に対する極めて分析的な関心、もう一つはインターネット・ミームによる脱構築(デコンストラクション)である。
北米ではファニメーション(Funimation)による英語吹き替え版を通じて、『ドラゴンボールZ』のサイヤ人編以降から爆発的な人気を獲得した歴史的経緯がある。そのため、作品の根本的な認識論が「誰が誰より強いか」というヒエラルキーに集中しやすい傾向がある。
「最強の地球人論争」と設定整合性への執着
この文脈において、クリリンは常に北米コミュニティにおける「最強の地球人は誰か――クリリンか、天津飯か」という激しい論争の渦中に置かれることになる。原作者の鳥山明は過去のインタビューや公式設定において「クリリンが最強の地球人である」と明言している。
しかし、北米のファンダムではこの原作者の言説に対してすら、論理的な反証を試みる文化が根付いている。ファンの間では、天津飯がセル編以降もストイックに修行を続けていること、あるいは天津飯が「三つ目人という宇宙人の末裔」であるとする過去の公式ガイドブック(大全集など)の設定を引用し、純粋な血統としての地球人枠におけるクリリンの位置づけを検証しようとする傾向が極めて強い。さらに、魔人ブウの生まれ変わりであるウーブ(Uub)の存在を挙げ、彼こそが最強の地球人であるとする反論も頻出する。
このように北米圏では、クリリンの存在が、作中の戦闘力や設定整合性を測るためのバロメーターとして消費されているのである。
ミーム文化と「アンダードッグ」としてのクリリン
また、北米特有の受容として、二次創作とインターネット・ミームの多大な影響がある。英語圏の巨大なファンコミュニティであるTeamFourStarが制作したパロディ動画シリーズ『Dragon Ball...
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部活帰りのポテト、買い物帰りの今川焼き ポッポの味が冷凍食品で”帰ってきた”
「ポッポ」と聞いて、イトーヨーカドーのフードコートが浮かぶ人は少なくないだろう。部活帰りに友達と山盛りポテトをつついた放課後。母親の買い物を待つあいだにかじった今川焼き。特別なごちそうではないのに、妙に忘れられない。あの味が4月6日、冷凍食品になって家庭の食卓に届きはじめた。イトーヨーカ堂がフードコートブランド「ポッポ」と共同開発した11品目を、全国196店舗で順次販売している。
50年愛された「何でも屋」の現在地
ポッポは1975年に生まれた。ラーメン、たこ焼き、今川焼き、フライドポテト、ソフトクリーム。屋台や縁日を思わせる幅広いメニューを、手頃な値段でそろえてきた。専門店がひしめくフードコートの中で、この「何でも屋」ぶりはむしろ異彩を放つ。最盛期には148店舗まで広がったが、イトーヨーカドーの閉店が続くなかで現在は首都圏を中心に24店舗。それでも年間の来店者数は約220万人にのぼる。
閉店が決まった店舗には「ポッポ、やめないで」というメッセージが貼り出されたこともあるほどだ。
ポッポ部の白澤光晴総括マネジャーはこう話す。「ポッポは商品として尖っていないかもしれない。ただ本当に普通で、安定した味で、ついまた食べたくなる。そういうものをずっと大事にしてきた」。平日の客層はシニアが中心だが、週末はファミリーであふれる。子どもの頃にポッポで食べていた世代が親になり、今度は自分の子どもを連れてくる。そんな循環が自然にできているという。
冷凍庫から届く「ポッポらしさ」
ラインアップは今川焼き、たい焼き、たこ焼き、からあげ2種(むね・もも)、アメリカンドッグ、牛肉コロッケ、ハッシュドポテト、ソーセージピザ、マヨコーンピザ、ポテト800gの計11品。価格は399円から699円(税抜)と、ポッポらしく手頃に抑えた。
開発で意識したのは「慣れ親しんだ味」「簡単調理」「ボリューム感」の3つ。ただし、フードコートのメニューをそのまま凍らせたわけではない。ポテトだけはフードコートとまったく同じ原料だが、ほかの商品には別の素材を使っている。揚げたてを出すフードコートと、電子レンジやオーブンで仕上げる冷凍食品では、同じ原料でも同じ味にはならない。家庭で調理したときに「これはポッポだ」と思えるかどうか。その基準で素材を一から選び直した。
この挑戦には伏線がある。2025年度に先行発売した「ポッポのポテト」500gが、冷凍ポテトカテゴリの売上で1位を獲得した。フードコートで年間80万食以上を売る看板商品のブランド力が、冷凍食品の売場でもそのまま通じることが裏づけられたかたちだ。
注目したいのは、11品のなかにフードコートにないメニューが混ざっていることだ。ハッシュドポテトと牛肉コロッケは完全な新作。ピザは創業当時に扱っていたものの、その後メニューから消えており、約50年ぶりの"復活"にあたる。白澤氏は「ハッシュドポテトは個人的にも楽しみにしている商品。お客様の反応がよければ、逆にフードコートで商品化してもいい」と明かす。冷凍食品発の新メニューがフードコートに逆輸入される日が来るかもしれない。
フードコートと冷凍庫をつなぐ
新商品の背景には、冷凍食品事業の課題がある。イトーヨーカ堂の冷凍食品売上は2015年比で約1.8倍と好調だが、「冷凍軽食」に絞ると市場が微増するなか自社は横ばいにとどまっていた。ここにポッポのブランドで切り込む。2026年度は冷凍食品全体の売上を既存店ベースで1割伸ばす計画で、ポッポ単体で冷食売上の5%を占める構成を目指している。
売場の考え方も変わる。冷凍食品コーナーを加工食品の棚から総菜売場のそばへ移し、改装店舗では面積を約1.5倍に広げる方針だ。デイリー食品部の小笠原優総括マネージャーは「総菜と同じように、その日のおかずとして冷凍食品を手に取ってほしい。冷凍食品は夕方以降に売上が伸びる。総菜売場との隣接は理にかなっている」と語る。
さらにポッポは、フードコート店舗の再拡大も視野に入れている。店舗で食べてファンになった人が冷凍食品を手に取り、冷凍食品で知った人がフードコートに足を運ぶ。その循環を描く構想だ。
店の数は減った。けれどポッポが50年かけて積み上げてきた「普通でいい、普通がいい」という味の記憶は、フードコートの外にも届きはじめている。あの頃の放課後を覚えている人も、ポッポをまだ知らない人も、まずは冷凍庫に一袋、忍ばせてみてほしい。
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