政治指導者に付けられるニックネームは、国民感情を映す鏡である。特に、中国語圏のインターネットでは、世界のリーダーたちに与えられる呼称が、彼らの影響力や地政学的な立ち位置を測るリアルタイムの指標となっている。
米国のドナルド・トランプ前大統領は、敵意、皮肉、そして奇妙な共感を込めた数々のニックネームを持つ「千の顔を持つ男」として描かれる。一方、日本の石破茂首相は、その対極にいる。中国のネット空間において、彼は「ニックネームを持たない宰相」なのだ。この対照的な現象は、単なる言葉遊びではなく、両氏が中国の一般大衆にどう認識されているかを鮮明に示している。
「中国を建設する同志」— トランプ氏への複雑な視線
トランプ氏に与えられた最も象徴的なニックネームは「川建国 (Chuān Jiànguó)」だろう 。直訳すれば「トランプは中国を建設する」。これは、彼の強硬な対中政策が、結果的に中国の国内産業の自立を促し、ナショナリズムを団結させるなど、皮肉にも中国を利しているという見方から生まれた呼称だ 。中国のネットユーザーは、米中貿易戦争が激化するたびに「建国同志、ご苦労さまです」といったコメントを投稿し、外部からの圧力を内なる結束の物語へと転換させる 。
この呼称は、2017年にトランプ氏が「朝鮮半島はかつて中国の一部だった」と発言したとされる報道をきっかけに広まった 。以来、彼の行動が米国の同盟国との関係を損なったり、国内に混乱を引き起こしたりするたびに、「秘密の同志」としての彼の「功績」が称賛されるのだ。
もう一つの有名なニックネームは「懂王 (Dǒng Wáng)」、つまり「知ったかぶりキング」だ 。「私以上に(物事を)知る者はいない」という彼の口癖を風刺したもので、複雑な国際問題を金銭的な取引で解決しようとする姿勢を揶揄している 。特に台湾問題に関しては、「懂王:打銭!(知ったかぶりキング:金を払え!)」といったコメントが見られ、彼が安全保障さえもビジネスと見なしているという冷笑的な見方が反映されている 。
ニックネームは、中国大陸と台湾で異なるニュアンスを帯びる。
中国大陸:「万税爺 (Wàn Suì Yé)」 — 「陛下」を意味する「万歳爺」にかけた言葉遊びで、彼の攻撃的な関税政策を封建君主の恣意的な重税になぞらえて批判している 。
台湾:「窩瓦川 (Wō Wǎ Chuān)」 — 「World War III(第三次世界大戦)」の音をもじったもので、彼の孤立主義的な政策が台湾の安全を脅かし、大規模な紛争を引き起こしかねないという台湾ネットユーザーの深い不安を示している 。
これらの呼称は、トランプ氏が中国語圏において、無視できない巨大な存在であり、その一挙手一投足が人々の希望や不安を掻き立てる「物語の主人公」であることを示している。
「ニックネームの空白」— 石破茂首相への無関心?
対照的に、日本の石破茂首相には、中国のネットユーザーによって生み出され、定着したニックネームがほとんど見当たらない。
彼に関連して語られる言葉はあるが、それらは中国発の「あだ名」ではない。例えば、党内で孤立しがちな彼の立場を指す「独狼 (Dúláng – 一匹狼)」という言葉は、石破氏自身が用いた自己評価を中国メディアが報じたものに過ぎない 。また、組閣時の記念写真でシャツのはみ出しを「
露肚子 (lù dùzi – お腹が出ている)」と揶揄された一件も、最初に騒いだのは日本のネットユーザーであり、中国の国営メディアは「日本で起きた面白い出来事」として、日本政府が写真を修正した事実と合わせて報じた 。これは、直接的な批判を避けつつ、相手国の指導者の権威を巧妙に貶めるためのメディア戦略と言える。
石破氏にニックネームが存在しない理由はいくつか考えられる。
就任期間の短さ:首相就任から日が浅く、まだ中国国民に強い印象を与えるような政策や言動がない。
国際的な知名度:長期政権を築き、中国でも広く知られた安倍晋三元首相などと比較すると、一般大衆にとって馴染みの薄い存在である 。
決定的な対中政策の欠如:現時点では、中国の国益に直接的な影響を及ぼす(脅威または好機と見なされる)ような、明確な対中政策を打ち出していない 。
政治指導者がニックネームを得る時、それは彼らが地政学的な物語における「登場人物」になったことを意味する。石破氏に関する「ニックネームの空白」は、彼がまだ中国の一般大衆にとって、日中関係の行方を左右する重要なプレーヤーとは見なされていないことの証左と言えるだろう。
結論として、ニックネームの有無とその内容は、外国の指導者に対する認識を驚くほど正確に映し出す。トランプ氏の多彩な呼称は、彼が良くも悪くも無視できない存在であることを示し、一方で石破氏の「名もなき」状態は、彼がまだ中国の地政学的な舞台の袖で出番を待っているに過ぎないことを物語っている。今後の彼の政策次第で、中国のネットユーザーがどのような「役名」を与えるのか、注目される。