人気まんが『ドラえもん』に登場する、使ったものが5分ごとに倍になる道具「バイバイン」。この道具をかけた栗まんじゅうが食べきれなくなり、宇宙に捨てられて今も増え続けている、という有名なエピソードがあります。
これはもちろんフィクションですが、この話に少しだけ現実味を与えるような、興味深い研究が発表されました。物語の鍵である栗まんじゅう、その材料にもなる「酵母」が、宇宙の過酷な環境で生き残れる可能性が示されたのです。
火星の環境を生き延びるパン酵母
この研究を行ったのは、インド科学研究所のチームです。彼らは、パン作りに使われる身近な「パン酵母」(Saccharomyces cerevisiae) が、地球とは全く異なる火星の環境で生存できるかを検証しました。
火星の地表は、隕石の衝突による強力な衝撃波にさらされ、土壌には生命にとって有害な「過塩素酸塩」という化学物質が高濃度で含まれています。研究チームは、これらの火星特有のストレス条件を実験室で再現し、パン酵母がどう反応するかを観察しました。
生き残りの鍵は「自己防衛機能」
実験の結果、驚くべきことに、パン酵母はマッハ5.6という猛烈な衝撃波や、高濃度の過塩素酸塩というストレスにさらされても生き延びることが確認されました。
この驚異的な生命力の秘密は、酵母がストレスを感じた時に、細胞内で形成する「RNP顆粒」という防御機構にありました。これはRNAとタンパク質の複合体で、外部の厳しい環境から自らの生命活動に必要な要素を保護するシェルターのような役割を果たします。
実際に、このRNP顆粒を形成できないようにした酵母は、火星のような環境下では生存率が著しく低下したこともわかりました。
宇宙生物学への大きな一歩
この研究は、地球の微生物が持つ潜在的な強靭さを示しており、地球外での生命の可能性を探る「宇宙生物学」の分野において重要な知見となります。
もし、バイバインで増える栗まんじゅうが火星にたどり着いたとしたら。その中の酵母は生き延び、本当に増え始める…そんな想像も、あながち絵空事ではないのかもしれません。私たちの食卓に身近な酵母菌が、宇宙の謎を解く鍵を握っている可能性を示唆する、ロマンのある研究成果です。
※この研究成果は、科学雑誌『PNAS Nexus』に掲載された論文に基づいています。