撮り鉄 vs 乗客
この記事は「なぜ日本の「撮り鉄」だけが過激化するのか 国際比較で読み解く罵声大会と鉄道営業法」の読みやすいダイジェスト版です。じっくり読みたい方はロング版はこちら。
「どけ!」「頭を下げろ!」「安月給!」。駅のホームで一部の撮り鉄が浴びせる怒号は、いつしか「罵声大会」と呼ばれるようになりました。スマホでその様子が拡散されるたび、「撮り鉄って迷惑」というイメージは強まるばかりです。でも、ちょっと不思議ではありませんか。鉄道ファンは世界中にいるのに、なぜ日本の一部だけが、ここまで暴走してしまうのでしょう。
実は、海外にも「罵声大会」はあります

まず誤解を解いておくと、線路への侵入や撮影トラブルは、日本だけの現象ではありません。鉄道発祥の国イギリスでは、伝説の蒸気機関車「フライング・スコッツマン」を撮ろうと数百人規模のファンが線路に立ち入り、列車が緊急停止する騒ぎが何度も起きました。ドイツでも、ベルリンの旧型車両の引退イベントで「もっと下がれ」「邪魔だ」と怒号が飛び交いました。台湾にいたっては、蒸気機関車をゆっくり走らせて撮りたいがために、踏切の非常ボタンをわざと押した人までいたそうです。
つまり「熱くなりすぎるファン」は、どこの国にもいます。それでも、日本の過激さはやはり少し突き抜けています。その理由は、日本ならではの事情がいくつも重なっているからなのです。
日本が突出する理由は「完璧な一枚」への執着
日本の撮り鉄がもっとも大切にするのが「編成写真」です。これは、先頭から最後尾までが一直線にきれいに収まり、影も障害物もない完璧な写真のこと。順光であること、車体に影がないこと、余白のバランスまで、暗黙のルールがびっしりあります。
この「完璧な一枚」を狙う人にとって、構図に入り込む人や物は、すべて排除すべき「敵」になります。望遠レンズの放列(ひな壇)の前を、事情を知らない一般の人がうっかり横切ると、後ろから「どけ!」と怒号が飛ぶ。これが罵声大会の正体です。実際、江ノ島電鉄では、自転車に乗った外国人男性が撮影者の画角に入っただけで「死ね」「金だろ」と罵声を浴び、自転車を蹴られる事件まで起きています。
そして今は、その一枚がSNSで「いいね」を集める時代です。誰も撮れない危険なアングルほど称賛される。完璧な写真が、自分の腕前や立場を証明する「通貨」のようになっているのです。
罰金は最大1万円未満。明治の法律が現役です
ここで効いてくるのが、日本の法律の甘さです。線路への無断立ち入りを取り締まる主役は、なんと1900年(明治33年)にできた「鉄道営業法」。その罰則は、いまの物価に直しても「1万円未満の科料」止まりです。
数十万円のカメラを抱え、全国へ遠征する人たちにとって、最大でも1万円未満の罰金は、正直お小遣いレベル。「捕まっても数千円」「見つからなければいい」という空気が生まれてしまいます。イギリスなら、線路侵入で運行を止めれば懲役18か月という実刑もありえます。この差は、あまりにも大きいと言わざるをえません。
世界一の定時運行と、地続きの不寛容

もうひとつ、日本らしい背景があります。世界に誇る「定時運行」です。新幹線は1年の平均遅れが1分未満。2018年には、列車が定刻より20秒早く発車しただけで、鉄道会社がわざわざ謝罪したほどです。
「決められた時間に、決められた姿で、寸分の狂いもなく」。この、ほんの少しの逸脱も許さない感覚が、撮る側にも染み込んでいるのかもしれません。影ひとつ、他人ひとり混じることも許せない完璧主義は、数分の遅れに駅員を怒鳴る人の心理と、どこか地続きに見えてきます。
希望は、意外にも「お金を払う撮影会」
ではどうすればいいのか。鉄道会社が見つけた答えのひとつが、「有料撮影会」です。JR東日本などは、ふだん入れない車両基地で、レアな車両を好きなだけ撮れる撮影会を有料で開きました。参加費は数千円から数万円と高めですが、これが大人気。販売開始からわずか9か月で、売上は5,000万円を超えました。
定員制で場所の奪い合いがなく、管理された空間だから罵声も起きません。これまで「迷惑な存在」だったファンが、お金を払う「お客さま」に変わったわけです。撮りたい気持ちを否定するのではなく、安全に楽しめる場所を用意する。分断や憎しみを煽るより、よほど建設的な落としどころなのかもしれません。


