雛輪じゅん『中谷産婦人科』は今注目される文芸作品 極彩色で不穏な世界観から少女の揺れる心を描く

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雛輪じゅん「中谷産婦人科 NO.1」

日本文芸作品『中谷産婦人科』(作・雛輪じゅん、 出版社・NextPublishing Authors Press)は、Amazonでしか購入できないペーパーバック本なのだが、好事家の間で今注目を集めはじめている。

作者の雛輪じゅんはプロフィールを非公開としているが、新人作家であることは間違いない。ただし処女作とは思えない巧みな筆運びや、圧倒的な世界観は、知る人ぞ知るものとして話題となっているのだ。

圧倒的な筆力と知識から描かれた作品

『中谷産婦人科』のあらすじはーー失恋の苦しみから崖っぷちに立たされた私は、バイト先の男性に勢いに身を任せるまま、妊娠をしてしまう。しかしその先には、全く予想もつかず、次々と驚くべき「芸術」の世界が広がっていた。(中略)「建築と植物」、「人工と自然」、「女性性」をテーマに、運命に身を任せるまま17歳で失恋、妊娠、退学、結婚、出産の体験をした主人公の激動の一年間を描いた物語。

というものだが、これらの異なるテーマを1つの作品に入れ込み、描ききるのは並大抵の技量ではない。一部の書評では「雛輪じゅん」がプロの変名なのではないかと疑われているのも、もっともだろう。

作品の主人公・ユマの視点から描かれる本作の世界観は実に彩りあざやかだ。雛輪が散りばめたアートや歴史、神話、民俗学などの知識、それらを使った情景描写は、極彩色とすら言えるもの。作者の自意識と知識から生み出された、目の眩むような世界観の中を、読むものは泳がされる。それは壮絶な快楽だ。

主人公と結婚相手のマモルの性愛描写は、かなりきわどく描いているのだが、雛輪のきらびやかかつ湿度のあるメタファーに彩られているため、まるで曼荼羅図を見ているような不思議な気持ちにさせてくれる。

そして従来の日本文芸や恋愛小説にはなかなか出てこない「妖精」や「妖怪」といったキーワードもポイントだろう。そういった異界の存在が現れるわけではなく(少なくとも「No.1」においては)、物語に幻想的かつ不穏な雰囲気を与えている。誰も使わない/使えない、そんなキーワードで、物語に色をつけていく作者の筆は実に巧みだ。

そして17歳で妊娠した主人公のユマ、マモル、ユマが失恋した教師の野本、中谷産婦人科の橘医師ら登場人物もいずれも個性豊か。個人的には、奇行の目立つ橘医師や、きっぷの良い「スナック ぶす」のママ・きいこさんなど、今後作品内でどのように活躍するのか気になっている。

表紙イラストも雛輪じゅんが

また注目したいのは、書籍の表紙イラストも作者によるものだという。中性的な人物、そして美しい花々、ノスタルジーを感じさせる書き文字、そして性的な雰囲気…このイラストレーション自体が作者の才能と、作品の魅力を実に象徴していると言えるだろう。

『中谷産婦人科』は11月29日にNo.2が刊行され、完結編となるNo.3も年内に刊行予定だ。この壮大な物語がどのように完結するのか、筆者も楽しみでしょうがない。

今後さらなる注目を集める可能性ある作品だと言えるだけに、気になった方は今のうちにチェックしておいた方がよいだろう。