同情を狙うAI動画が広がっている。負傷した元兵士を装って手作り品を売る手口で、BBCはTikTokだけで45件の口座を確認した。
1 ガレージで国旗を作る「元軍人」
レイモンド・ギルバート、63歳。イングランド南西部ウィルトシャー州ブラデンストーク在住の英陸軍退役軍人である。
彼がTikTokで見たのは、こういう動画だった。負傷したとおぼしき元軍人が、自宅のガレージで木製の国旗を作っている。年金だけでは足りず、収入の足しにするために手作りしているのだという。
ギルバートは155ポンドを払った。
届いた小包の封筒には、中国語が書かれていた。中身の国旗は、合板に画像を印刷して貼り付けたものだった。手作りでも、彼が見た人物が作ったものでもない。
その人物は、そもそも存在しなかった。
2 BBCが確認した規模
BBCの調査によれば、この手口を使うアカウントはTikTokだけで45件確認された。同種の動画はFacebook、Instagram、YouTubeにも出ている。
売られているのは、バッグ、まな板、玄関に飾るリースなど。いずれも「手作り」をうたっている。
動画は生成AIで作られており、見た目に障害があり、困窮を語る人物として描かれる。添えられる文言も型が決まっている。戦地に行ったのに社会に背を向けられた、という趣旨の悲しい訴えだ。
英国の退役軍人支援団体と、技術に詳しいウィル・ガイアットが、この現象に警鐘を鳴らしている。

3 狙われているのは欲ではなく、善意である
これまでのネット詐欺の多くは、欲を入口にしてきた。投資で儲かる。高額商品が格安。簡単に稼げる副業。
この手口はそこが違う。入口は同情と、支援したいという気持ちである。
だから、警戒する筋肉が働かない。「うまい話には裏がある」という警句は、うまい話を持ちかけられたときにしか発動しない。相手が助けを求めているとき、人はむしろ疑うことに罪悪感を覚える。
被害額も特徴的だ。155ポンドは、詐欺として見れば大きくない。だからこそ、警察に届け出るほどでもないと判断されやすく、件数が積み上がっても表に出にくい。
4 日本で同じ手口が来るとしたら
英国の退役軍人という設定は、日本ではそのまま使えない。置き換わるのは、たとえばこうした顔ぶれである。
被災地で工房を再建しようとしている職人。障害のある作り手が運営する小さな工房。難病の子を持つ親が始めた雑貨づくり。保護犬や保護猫の医療費を稼ぐための手作り品。
いずれも実在する、まっとうな取り組みがある領域だ。だからこそ偽装が成立する。そして最大の被害者は、金を払った人だけではない。本当に活動している団体への信頼が削られる。
これはBBCの報道でも指摘されている点で、支援団体が懸念しているのはまさにここだった。
5 見分ける手がかりは、動画の外にある
動画そのものの不自然さを探す方法は、精度が落ち続けている。生成技術の進歩のほうが速い。代わりに、次の3点を見たほうが確実だ。
一つ、過去の投稿をさかのぼる
本当に工房や活動があるなら、作業の過程、失敗作、季節ごとの様子など、時間の積み重ねが投稿に残る。数週間分の完成品の動画しかないアカウントは、その時間を持っていない。
二つ、決済と発送の情報を見る
販売者の所在地、返品の条件、問い合わせ先が明記されているか。発送元がどこになっているか。ギルバートの事例では、届いた封筒の表記が最初の手がかりになった。注文前に確認できる情報として、発送元の国が書かれているかは重要である。
三つ、団体名で外から検索する
支援を名目にしている場合、その団体名や施設名で別途検索する。実在するなら、自分たちのサイト、地元の報道、行政の登録情報など、SNSの外に痕跡がある。痕跡がまったくないのに、活動年数だけが長いと語られている場合は疑ってよい。
6 疑うことは、冷たさではない
この種の詐欺がやりにくいのは、疑うこと自体が後ろめたいからだ。困っている人を前にして身元を確認する行為は、人として冷たいように感じられる。
だが実際には、逆である。偽物に金が流れるほど、本物への信頼は下がる。確認は、本当に活動している人たちを守る側の行為だ。
注文の前に5分かけて調べる。その5分が惜しくないくらいには、支援したいと思ったはずである。
よくある質問
「同情詐欺」とはどんな手口か?
生成AIで負傷した元軍人などの人物を作り出し、困窮を訴える動画で同情を引いたうえで、手作りと称する商品を売る手口である。BBCの調査ではTikTokだけで45件のアカウントが確認され、Facebook、Instagram、YouTubeでも同種の動画が見つかっている。売られているのはバッグ、まな板、玄関用のリースなどで、実際には安価な量産品が届く。
実際の被害はどのようなものか?
英陸軍の退役軍人であるレイモンド・ギルバート氏(63)は、ガレージで木製の国旗を作る元軍人の動画を見て155ポンドを支払った。届いた小包の封筒には中国語が書かれており、国旗は合板に画像を印刷して貼り付けたものだった。金額が比較的小さいため被害が表面化しにくいという特徴もある。
なぜ見抜きにくいのか?
入口が欲ではなく善意だからである。投資話や格安商品には警戒が働くが、支援を求める相手を疑うことには心理的な抵抗がある。加えて生成AIによる映像の品質が上がっており、動画そのものの不自然さから判断するのは難しくなっている。
買う前に何を確認すればよいか?
3点ある。アカウントの過去の投稿をさかのぼり、制作過程や時間の積み重ねがあるかを見ること。販売者の所在地、返品条件、発送元の国が明記されているかを確認すること。そして支援先として挙げられている団体名をSNSの外で検索し、独自のサイトや報道、行政の登録といった痕跡があるかを調べることである。


