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「今夜ニューヨークにいる必要がある」で予約が全部終わる 社員14人のAIに100億ドルの値がつき、旅から何かが消えた

音声で頼むだけで航空券も宿も押さえるAIが伸びている。旅行プラン作成から摩擦が消えるとき、何が一緒に消えるのか。

1 社員14人、評価額100億ドル

Instinctという招待制のAIアシスタントがある。創業者はノア・シン。音声でもテキストでも指示を受け付ける。

「今夜ニューヨークにいる必要がある」と話しかければ、航空券、ホテル、現地の移動手段、そしてカレンダーの更新まで一続きで処理する。利用者があらかじめ登録した好みや、残っている旅行クレジットも使って手配する。

シンによれば、Instinctを流れる取引額の半分は旅行が占める。年間の取引額は10億ドル以上に達するという。ただしこの数字がどう計算されているかは明らかでない、と取材した媒体は注記している。

資金調達の規模は桁違いだ。シリーズCで10億ドルを調達し、評価額は100億ドル。社員は14人である。しかもこの評価額は、1か月で4倍になったものだ。

2 儲け方の設計

シンが構想している収益モデルは、旅行者には無料で使わせ、客を送り込む対価として事業者から手数料を取る形である。ブティックホテルなら1予約あたり最大30パーセントを払うところもある、という。

いま彼が試しているのは、複数人での日程調整と、利用者それぞれのアシスタント同士が通信して旅程をまとめる仕組みだ。人間が相談する代わりに、エージェントが相談する。

この方向に対して、Booking Holdingsのグレン・フォーゲルCEOは冷ややかである。技術は模倣できる、と。既存企業の本当の資産は、登録済みの決済情報と、旅程が壊れたときに電話できる人間のほうだ、という反論だった。


3 便利さの中身は「摩擦の削除」である

この種のサービスが売っているものを一言でいえば、摩擦の排除である。

航空券のサイトを開く。日付を入れ直す。価格を見比べる。ホテルの立地を地図で確認する。現地の移動手段を調べる。この一連の作業は面倒だ。面倒なので、代わりにやってくれるなら金を払う人がいる。

ここまでは、あらゆる便利さと同じ理屈である。問題は、旅行という商品において、その面倒が何をしていたかだ。

本サイトでは先日、脳の報酬系を直接狙う経済を扱った記事で、人間が快楽を感じるのは報酬を得た瞬間より報酬を期待して探索している過程のほうだという神経科学の知見を紹介した。探すこと自体が報酬になっている、という話である。

旅行はその典型だ。

4 旅程を立てている時間は、すでに旅である

地図を眺めて、行けるかどうかを考える。評判を読んで、期待と不安を行き来する。予算に合わせて何かを諦める。この時間は、旅の準備であると同時に、旅の一部として消費されている。

完璧な旅程が数秒で届いたとき、この時間はまるごと消える。残るのは、他人が組んだ日程どおりに移動する作業だけだ。効率だけを見れば改善だが、体験としては別物になっている。

同じことは、旅先での判断にも起きる。次にどこへ行くかをその場で決める余地がなければ、迷う楽しみも、間違えて入った店が当たりだったという偶然も発生しない。

それでも、任せたほうがいい旅もある

公平に言えば、すべての旅行が楽しい探索なわけではない。翌朝までに出張先へ移動しなければならないとき、探索は苦痛でしかない。Instinctが最初に刺さっているのがまさにこの領域で、旅行が取引額の半分を占めるのも、出張需要を取り込んでいるからだと考えられる。

分けて考えればいい。手段としての移動は任せる。目的としての旅は、自分で組む。

5 現実的な使い方

生成AIを旅行プランの作成に使うなら、全部を任せず、工程を分けるのが実際的だ。

候補を広げる段階では役に立つ。知らない地名や、季節の制約や、移動時間の目安を一気に出させる。自分の頭だけでは思いつかない選択肢が増える。

絞り込む段階は自分でやる。どれを諦めてどれを取るかが、そのまま旅の性格を決めるからだ。ここを任せると、誰が行っても同じ旅程になる。

予約の実行は、内容を自分の目で確認してからにする。エージェントに決済まで任せる設計は便利だが、取り消し条件や乗り継ぎ時間のような、あとから効いてくる条件を読み飛ばしやすい。

フォーゲルの反論には、皮肉な説得力がある。旅程が壊れたときに電話できる相手がいるかどうか。それは技術の勝負ではない。

よくある質問

Instinctとはどんなサービスなのか?

ノア・シンが立ち上げた招待制のAIアシスタントで、音声またはテキストの指示で航空券、ホテル、現地の移動手段の予約とカレンダーの更新までを一括で処理する。利用者の登録済みの好みや残っている旅行クレジットも使う。取引額の半分を旅行が占め、シリーズCで10億ドルを調達し評価額は100億ドル、社員は14人と報じられている。

AIに旅行プランの作成を任せると何が失われるのか?

計画を立てる過程そのものである。行き先を調べ、評判を読み、予算に合わせて何かを諦める時間は、旅の準備であると同時に旅の一部として楽しまれている。完成した旅程が即座に届くと、この時間が消えて、決められた日程を移動する作業だけが残る。現地で次を決める余地も減るため、偶然の発見が起きにくくなる。

それでもAIに任せたほうがよい場面はあるか?

出張のように移動が目的ではなく手段である場合は、任せる利点が大きい。実際にInstinctで旅行が取引額の半分を占める背景には、こうした需要があると考えられる。目的としての旅は自分で組み、手段としての移動は任せる、という切り分けが現実的である。

旅行の計画にAIを使うときのコツは?

工程を分けることである。候補を広げる段階では、知らない地名や季節の制約、移動時間の目安を一気に出させると効率がよい。絞り込みは自分で行う。ここを任せると誰が行っても同じ旅程になる。予約の実行前には取り消し条件や乗り継ぎ時間を自分の目で確認する。

編集部: