オンライン面接で仮想背景を外させ、カメラを部屋に回させ、顔の前で手を振らせる。企業が応募者に、実在の人間であることを証明させ始めた。
ウォール・ストリート・ジャーナルが2026年8月30日に報じたのは、採用の現場で起きている新しい儀式についてだった。
面接の途中で、こう言われる。仮想背景を切ってください。カメラを部屋の中で一周させてください。顔の前で手を振ってみてください。
無茶な要求に聞こえる。だが理由はある。
なぜ手を振らせるのか
リアルタイムで顔を差し替えるディープフェイクには、共通の弱点がある。物が顔の前を横切ると、処理が追いつかず映像が崩れる。手を振らせるのは、そこを突く検査だ。
仮想背景も同じ理屈である。合成された背景は、人物が動くと輪郭が破綻する。カメラを部屋に回させるのは、そもそも申告どおりの場所にいるのかを確かめるためだ。
WSJによれば、AIが生成した顔は通常こうした検査に耐えられない。だから使われている。
対策はほかにもある。IPアドレスの照合だ。応募者が申告した居住地と、実際の接続元が食い違う例が出ている。北朝鮮の不正な労働者と結びついた事例も報告された。面接ソフトでタブの切り替えを監視する会社もある。別の画面に出したAIの回答を読んでいるのではないか、という疑いだ。
課題の出し方も変わった。持ち帰りの課題をやめ、共有ドキュメントにその場で書かせる。AIからの貼り付けは、その瞬間に分かる。

そして最終的に、多くの企業が対面に戻っている。会って、その場でコーディング試験を課してから内定を出す。
「きれい過ぎる回答」という手がかり
面白いのは、採用担当者がWSJに語った見分け方だ。
AIの助けを借りた回答は、それ自体で分かるという。きれい過ぎるのだ。圧力の下で人間が本当に考えているとき、話には脱線が入り、間が空き、言い直しが起きる。それがない。
滑らかすぎることが、疑いの根拠になる。
これは面接を受ける側にとって、なかなか厳しい状況である。準備をしすぎても疑われ、しなさすぎれば落ちる。噛まずに答えられることが、かつては訓練の成果だった。今はアラートになりうる。
数字で見ると、疑いはかなり広がっている
どのくらいの規模の話なのか。
人材審査サービスのCheckrが採用担当者3,000人に聞いた調査では、59%が「応募者がAIを使って自分を偽ったのではないか」と疑っていた。調査の実施時期は公表されていないが、6割近くが疑っているという水準は重い。
将来予測もある。Gartnerは2025年7月に公表した予測で、2028年までに世界の応募者プロフィールの4分の1が偽物になるとした。あくまで予測であって実績ではない。ただ、同じGartnerが2025年第2四半期に応募者3,000人へ行った調査では、6%が面接での不正に関与したと認めている。他人になりすます、あるいは他人に自分の代わりを務めさせる。自己申告で6%である。
もう一つ、同じ調査から出た数字を並べておきたい。AIが自分を公正に評価すると信じている応募者は、26%にとどまった。
4人に3人が、選考するAIを信用していない。そして企業のほうは、応募者の4分の1が偽物になると見ている。互いに信用していない者どうしが、それでも採用という取引をしようとしている。

本人確認が、採用の手続きになった
疑いが常態化すれば、そこには製品が生まれる。
本人確認サービスのCLEARと、採用管理システムのGreenhouseが提携を発表したのは2025年6月12日だった。仕組みはこうだ。応募者が自分のプロフィール内で自撮り写真を撮る。CLEARがそれを政府発行の身分証と照合する。さらに複数の情報源と突き合わせる。そのうえで、採用担当者の画面に「確認済み」と表示される。
GreenhouseのCEOダニエル・チェイトは「CLEARは本人確認の金字塔だ」と述べ、CLEARのCEOキャリン・サイドマン・ベッカーは「AIが本物と同じくらい簡単に偽の候補者を作れる時代に、この提携はすべての応募者が実在の人間であることを担保する助けになる」と語った。提供は2025年第3四半期に一部顧客から始まっている。
つまり、応募する前に身分証を出す時代が来ている。空港の保安検査を通るのと同じ会社の技術で、求人に応募するわけだ。
負担は、どちら側に積まれているか
ここで一歩引いて眺めたい。
この数年、企業はAIを使って応募者を大量に選別してきた。書類はアルゴリズムが読み、面接は録画で審査され、人間に見られないまま終わる選考も出てきた。応募者の側はそれに対抗して、AIで大量に応募し、AIで職務経歴書を最適化した。
そして今、企業が言っている。あなたが本物であることを証明してください。
自撮りを撮り、身分証を出し、部屋を映し、手を振り、交通費と半日を使って対面に出向く。そのコストは応募者が負う。一方で、選考のどこにAIが使われているかを応募者が確かめる手段は、ほとんど用意されていない。
信用の欠如は双方向だが、証明の負担は片側に寄っている。それがこの話でいちばん座りの悪い部分である。
日本ではどうなっているか
日本の採用にも録画面接とAI判定は入ってきた。ただし運用の重心が違う。
レバレジーズの調査によれば、AI面接を導入した企業でも6割超がハイブリッド判定を採っており、最終的には人間が確認している。米国のように「人間に見られないまま終わる選考」が主流になってはいない。
その意味では、なりすましの動機も米国ほど強くない。米国で問題が深刻なのは、遠隔で完結する高給の職が多く、採用から入社まで一度も会わずに済んでしまうからだ。日本の新卒採用は依然として対面の比重が高く、入社後の所属も明確である。
とはいえ、中途採用のフルリモート職や業務委託の領域では、条件は米国に近づいていく。本人確認をどこでどう挟むのかという設計は、遅かれ早かれ日本の人事にも降りてくる。
よくある質問
なぜ面接で顔の前で手を振らされるのか
リアルタイムで顔を差し替えるディープフェイクは、物が顔の前を横切ると処理が追いつかず映像が崩れるためである。同じ理由で、仮想背景を外させる、カメラを部屋の中で一周させるといった要求も使われている。WSJは2026年8月30日、AIが生成した顔は通常こうした検査に耐えられないと報じた。
企業は応募者のどこを疑っているのか
人材審査サービスCheckrが採用担当者3,000人に行った調査では、59%が応募者がAIを使って自分を偽ったのではないかと疑っていた。疑われているのは本人であるかどうかだけでなく、回答をその場で自分で考えているかどうかも含まれる。採用担当者はWSJに、AIの助けを借りた回答はきれい過ぎて、圧力の下で考えているときに出る脱線や間、言い直しがないと語っている。
偽の応募者はどのくらいいるのか
確定した数字はない。Gartnerは2025年7月に公表した予測で、2028年までに世界の応募者プロフィールの4分の1が偽物になるとした。これは予測である。実績として出ているのは、Gartnerが2025年第2四半期に応募者3,000人へ行った調査で、6%が面接での不正に関与したと自己申告した数字である。
日本でも本人確認は必要になるのか
現時点で日本の採用は、新卒を中心に対面の比重が高く、AI面接を導入した企業でも6割超が人間による最終確認を残している。そのため米国ほど切実ではない。ただし中途のフルリモート職や業務委託では、一度も会わずに契約が成立する場面が増えており、本人確認をどこで挟むかという設計は今後の課題になる。
まとめ──滑らかさが疑われる時代に
採用の現場で起きているのは、単なる不正対策ではない。何をもって「本物」と見なすかの基準が、書き換えられている。
きれいに整った職務経歴書は、AIで作れる。滑らかな受け答えも、AIで作れる。だから採用する側は、作れないものを探し始めた。カメラの前で手を振ること。部屋を映すこと。言葉に詰まること。会いに来ること。
皮肉なのは、それらがどれも能力とは関係がないという点だ。証明できるのは、あなたがそこにいる、ということだけである。
選考が測るものが、能力から実在へずれてきている。その分だけ、応募する側が払う手間は増えていく。


