カリフォルニア州議会が2026年8月末、AI関連法案を一気に可決した。セラピー、大学教員、子どものおもちゃ。AIに任せてはいけない領域が、条文になった。
2026年8月31日の月曜、深夜。カリフォルニア州議会が会期を閉じた。その最後の数日で通された法案の束を、AI規制の追跡団体トランスペアレンシー・コアリションは30本と数えている。法律事務所の集計ではAI関連が16本、プライバシー関連が8本。NBCニュースの見出しは「AIとソーシャルメディアを規制する20本超」だった。数え方は三者三様である。
だが本数はこの話の主役ではない。中身を並べて読むと、ある一つの作業が浮かび上がってくる。カリフォルニアは、AIにやらせてはいけない仕事のリストを作っていたのだ。
会期末の一夜に、何が通ったのか
法案の顔ぶれを見ていく。
セラピーはAIにやらせない。州立大学の教員は人間でなければならない。学校の職員は自然人であること。医療従事者はAIの臨床判断を覆せること。おもちゃにコンパニオンチャットボットを入れてはいけない。弁護士のAI利用には基準を置き、司法試験の作成と実施でのAI利用は規制する。
対象は職業だけではない。健康チャットボットの提供者は、医療プライバシー法の上では医療提供者として扱う。デジタルレプリカを詐欺に使えば、それはなりすましである。AI監査を請け負う者は登録しなければならない。
一本ずつ見れば、それぞれ別の業界の、別の事情から出てきた法案だ。まとめて眺めると、線の引き方に共通するものがある。免許と、責任の所在だ。

医師、弁護士、心理士、教員。いずれも国家や州が資格を与え、失敗したときに個人が責めを負う職業である。カリフォルニアが今回引いた線は、おおむねその輪郭をなぞっている。AIが下手だから禁じるのではない。誰が責任を取るのかが決められないから、名乗らせない。そういう理屈だ。
このリストの作り方には、既視感がある。2026年8月末に各媒体が一斉に報じたビル・ゲイツの6,000語のエッセイで、人間のために取っておく領域を作れという提案が出ていた。ゲイツはそれを「Human Reserved」と呼んだ。あれは理念の話だった。カリフォルニアがやったのは、その領域に杭を打つ作業である。しかも杭は、具体的な職業名のところに打たれた。
日本の会社員に効くのは、実は労働の3本だ
セラピーや大学教員の話は、日本の読者にはやや遠い。だが同じ束の中に、明日の自分に直結する法案が3本ある。
1本目。労働力の25%以上に影響する技術による置き換えについて、90日前の通知を求めるもの(SB 951)。AIを入れて4分の1を減らすなら、3か月前に言え、ということだ。
2本目。職務に生成AIを導入する45日前に、労働者団体へ通知することを求めるもの(AB 2656)。導入前に、話し合う時間を確保させる設計である。
3本目。職場の監視ツールが神経データを集めること、そして感情の状態を識別することを禁じるもの(AB 1883)。あなたが会議中に苛立っているかどうかを、会社のツールが判定してはいけない。
3本並べると意図が見える。AIの導入そのものは止めない。止めるのは、黙って入れることと、人の内面を測ることだ。

日本ではどうか。解雇そのものには整理解雇の4要件という高いハードルがある。だが「AIを入れるから」という理由に対して、事前の通知や協議を義務づける専用の規定は存在しない。この差は小さくない。韓国が提出したAI解雇課徴金法案が「切ったあとに払わせる」設計だったのに対し、カリフォルニアの2本は「切る前に言わせる」設計になっている。
セラピーの法案が、いちばん遠くまで来た
束の中で最も長い距離を走ったのが、SB 903である。提出したのはスティーブ・パディーヤ上院議員とスーザン・ルビオ上院議員。州の事業・専門職法典に新しい章を足し、分野としては医療・治療の職に位置づけられる。
内容は二段構えだ。免許を持つ専門職でなければ、AIアルゴリズムでセラピーを提供してはならない。そして「セラピー」として宣伝してもならない。禁止だけでは終わらず、免許職がAIを使う場合の基準も置いた。利用者への開示と説明同意、人間による監督、データの保護。この3つを求めている。
パディーヤはこう言っている。「AIは免許を持つ専門職の手の中の道具にはなれる。しかし、専門職そのものにはなれない」。
賛成したのは超党派だった。2026年5月19日の上院で賛成39・反対0。8月30日の最終可決で賛成40・反対0。翌31日の下院修正への同意も、賛成40・反対0である。反対票がついに一票も出なかった。支持に回ったのは、カリフォルニア心理学会、カリフォルニア結婚・家族療法士協会、カリフォルニア行動保健協会、そして全米医療従事者組合。業界団体と労働組合が同じ側に並んだ形だ。
パディーヤ事務所は、法案の必要性を説明する数字も出している。州民のほぼ3分の1が、メンタルヘルスの提供者が足りない地域に住んでいること。そして米国精神医学会の会員の80%が、AIに関する訓練の不十分さを懸念していること。ただしこれらは議員側が示した数字であって、第三者の調査ではない。
供給が足りないからこそ、AIが入り込む余地がある。SB 903はその現実を認めたうえで、それでも名乗りだけは禁じる、という線の引き方をした。
ここまでが議会の話である
さて、ここからが本題だ。
これらの法案は、まだ一つも成立していない。8月31日時点で終わったのは議会の仕事までで、法案は正本を作る手続きに入ったところである。次に机の上に載るのは、知事ギャビン・ニューサムのところだ。署名するか、拒否権を使うか。期限は2026年9月30日。
そして知事には前科がある。
2024年9月29日、ニューサムはフロンティアAIモデルの安全性を規制する法案SB 1047を拒否した。翌2025年10月13日には、子どものAIコンパニオン利用を制限する法案AB 1064を拒否している。提出者はレベッカ・バウアー=カーハン議員。子どものための倫理的AI開発法、という名前がついていた。
拒否の理由として知事はこう述べた。「AIが遍在する未来に若者を備えさせることは、彼らがそうしたツールを使うことを丸ごと妨げることでは達成できない」。制限があまりに広範で、未成年による対話型AIの全面禁止を作りかねない、というのが説明だった。

同じ月、知事はもう一本の法案には署名している。SB 243。AIと話していることを明確に開示させ、有害な内容を防ぐ手順を義務づけ、未成年にはより手厚い保護を置く法案だ。広い禁止は消し、狭い義務は残した。反対運動を展開していたのはテックネット、CCIA、チェンバー・オブ・プログレス、アメリカン・イノベーターズ・ネットワークといった業界団体で、デジタル広告と寄稿と書簡が使われた。支出額は公表されていない。
ここで一つ、見落としやすい事実がある。知事が署名したSB 243を書いたのは、パディーヤ議員だった。今回のSB 903と同じ人物である。つまり彼は、知事が通す法案の書き方を知っている議員だ。SB 903が全会一致で通り抜けてきたことと、これは無関係ではないだろう。
議会は毎年リストを長くする。知事は毎年そこから何本かを消す。カリフォルニアのAI規制は、この往復運動として動いてきた。9月30日に分かるのは、30本のうち何本が消しゴムに当たるかである。
日本には、まだ線がない
日本にも2025年に成立したAI推進法がある。ただし罰則を持たない枠組み法だ。何をAIにやらせてはいけないかというリストは、まだ作られていない。
作るべきかどうかは、意見が割れるところだろう。ただ、カリフォルニアの30本が示したのは、線を引く作業が抽象論からは出てこないという事実である。セラピーの線は心理士会と労働組合が引いた。医療の線は看護の現場が引いた。おもちゃの線は子どもの安全団体が引いた。誰かが「この仕事は渡せない」と言い出さないかぎり、条文にはならない。
あなたの職場で、AIに渡してはいけない仕事は何か。カリフォルニアの議員たちがやったのは、その問いに一つずつ名前をつける作業だった。
よくある質問
カリフォルニアのAI規制法案はもう成立したのか
していない。2026年8月31日に州議会が可決したところまでで、法案は知事の署名を待っている段階である。ギャビン・ニューサム知事が署名するか拒否権を行使するかの期限は2026年9月30日。過去にはSB 1047(2024年)やAB 1064(2025年)のように、議会を通ったAI法案が知事に拒否された例がある。
AIによるセラピーは禁止されるのか
SB 903が成立すれば、免許を持つ専門職以外がAIアルゴリズムでセラピーを提供すること、およびセラピーとして宣伝することが禁じられる。免許職がAIを使う場合も、利用者への開示と説明同意、人間による監督、データ保護が求められる。AIの利用そのものを禁じる法案ではなく、名乗りと責任の所在を規制する設計になっている。
職場へのAI導入を事前に知らされる権利はあるのか
カリフォルニアでは、その方向の法案が2本可決された。労働力の25%以上に影響する技術的な置き換えは90日前の通知を求めるもの(SB 951)と、職務に生成AIを導入する45日前に労働者団体へ通知を求めるもの(AB 2656)である。いずれもまだ知事の署名待ち。日本には、AI導入を理由とする事前通知や協議を義務づける専用の規定は存在しない。
日本にもAIを規制する法律はあるのか
2025年に成立したAI推進法があるが、罰則を持たない枠組み法である。特定の職業や用途についてAIの利用を禁じるリストは作られていない。カリフォルニアのように分野ごとに線を引く立法は、今のところ日本では行われていない。
まとめ──リストは、誰のためにあるのか
30本という数字は、集計主体によって16本にも20本超にもなる。正確な本数は、実のところどうでもいい。重要なのは、AIにやらせてはいけない仕事という考え方が、討論会の議題から法案番号のついた条文へ移ったことだ。
そのリストは、AIを止めるために作られたのではない。責任を取る人間を一人残しておくために作られている。セラピーの現場に免許を持つ人間を、大学の教室に人間の教員を、病院にAIの判断を覆せる医療従事者を。カリフォルニアが守ろうとしているのは、AIから人間の仕事ではなく、失敗したときに謝る相手のほうだ。
9月30日、知事の机の上でそのリストは短くなる。何本残るかは、まだ分からない。


