2026年8月、AIで人を減らした企業に課徴金を課す3法案が韓国国会へ。ニューヨーク州はAIリストラの人数報告を義務づける構えだ。
「AIで人を切った会社」が払う──韓国の3法案
2026年8月13日、韓国の国会に3本の法案が提出された。中心となるのは「AI転換対応のための基本社会法案」。残る2本は国家財政法と負担金管理基本法の改正案で、新しい負担金に徴収の法的根拠を与える。提出したのは祖国革新党のイ・ヘミン議員と、与党・共に民主党のイ・ジュヒ議員だ。
柱となる「AI転換対応分担金」は、AIや自動化を導入して大統領令が定める基準を超える人員削減をした企業が、新設の基本社会支援基金に納める課徴金である。雇用を維持・拡大した企業は減額か全額免除。集めた金は職業再訓練、職業紹介、所得保障に充てられる。人員削減という「雇用の結果」に国レベルで課徴金を直結させた法案は、世界で初めてだ。
ただし、まだ何も決まっていない。どこからが「基準超」の削減なのか、料率はいくらか。その線引きは法案本文ではなく大統領令に委ねられている。法案自体も提出されたばかりで、委員会審議と本会議採決はこれからだ。与党は国会の最大勢力を握り民生法案を速く進める構えだが、産業界の意見を聞く過程で条文が変わる余地は大きい。

ロボット税は9年間失敗してきた──矛先が変わった
ロボットに課税して雇用を守る。この発想自体は新しくない。2017年にビル・ゲイツが提唱して以来、米国、EU、日本、カナダ、英国の政策論議を巡り続けてきた。欧州議会は同じ2017年に審議のうえ否決している。9年間、どの国も法制化できなかった。
理由のひとつは、課税する相手を間違え続けたことにある。米国で動いている案も、ウォーレン上院議員のAIデータセンター課税や、2026年8月6日に下院へ提出された「AI Tax and Work Protection Act」(H.R.10044)のように、AIを供給する側へ課税する設計だ。だが、OpenAIのツールを導入して事務職2,000人を削減したメーカーを考えてみればいい。課税されるのはAIベンダーの側で、人件費を浮かせた当のメーカーは何も払わない。カリフォルニア州のニューサム知事が2026年5月に署名した行政命令も、調査研究の指示にとどまった。
韓国は2020年代前半、自動化投資に税額控除を与えて雇用創出の効果を検証していた国である。自動化を優遇する側にいた国が、負担を求める側へ回った。優遇から課金へ。矛先も、AIを売る会社から、AIで人を減らした会社へ移った。
批判も根強い。シンクタンクITIFなどは、ロボットを導入した企業のほうが雇用の伸びは大きいという研究を挙げ、自動化への課金は生産性向上を主導する企業を罰しかねないと反論する。AIが労働分配率や給与税の基盤を大きく損なう可能性は低い、という分析も批判側の根拠だ。
年25万6,000人。直撃するのは事務職だった
なぜ韓国が最初に動いたのか。背景には、自国のシンクタンクが突きつけた数字がある。韓国開発研究院(KDI)が2026年7月22日に公表した報告書(ナム・チャンウ上級研究委員)は、AIが今後10年にわたり、韓国で年間およそ25万6,000人分の職を消すと推計した。労働市場全体が生み出す純増は年17万人。消える数が、生まれる数を上回る。
直撃する先も、これまでの常識と違った。今回の波が最も強く当たるのは専門職・事務職・営業職で、過去の自動化に削られてきた工場労働者ではない。AIによる自動化が商業的に成り立つ分野はいまのところ韓国の雇用の約1.4%にすぎないが、KDIは10年以内にその範囲が約6倍に広がると見込む。
現場ではすでに衝突が起きている。2026年7月、現代自動車グループがボストン・ダイナミクスの買収を完了したその日、世界最大の自動車工場である蔚山(ウルサン)工場では、組合員3万5,000人がロボット導入をめぐる争いも含むストライキを拡大した。要求の中心は「労使合意なしにヒト型ロボットAtlasを現代の職場に入れるな」。会社側は米国を皮切りに現代・起亜の工場へAtlasを配備する計画で、ロボットが担うのは危険で反復的な作業だと説明した。
KDIのエコノミストは、その対立の底にある数字も試算している。
| 比較 | 会社が負担する年間費用 |
|---|---|
| Atlasロボット(ほぼ24時間稼働) | 約1,400万ウォン(約9,874ドル) |
| 労働者1人 | 約1億3,000万ウォン(約91,720ドル) |
1,400万と1億3,000万。この差を前に、組合員100万人超を率いる民主労総のヤン・ギョンス委員長は「労使合意のないAI導入は雇用を急速に破壊し、極度の貧困の中で生きる新しい下層階級を生み出す」と言い切った。
法案を出したイ・ヘミン議員は、AIの導入を遅らせるための規制だという見方を明確に退けている。「雇用を守り、市民の購買力を支えることこそが、AIで生産性を高めた企業がその成果を持続させ、前向きな未来に到達することを可能にする」。板挟みになっているのが李在明(イ・ジェミョン)大統領だ。AIを経済の「ゲームチェンジャー」と呼び、成長と労働者保護の両方を政権の優先課題に掲げながら、ロボットに抵抗する労組へ向けては「AIがつくる新しい社会に速やかに適応せよ」と語った。

ニューヨーク州は「AIのせい」を数えはじめた
同じ問いに、ニューヨーク州は金ではなく計測で向き合おうとしている。州の法案A9581Bは、州内で事業を行う従業員50人以上の企業と公開企業に、AIの雇用影響を年に1度報告させる。書かせる中身は細かい。AIが原因で減らした人数と労働時間。AIが理由で増えた採用。AIを理由に埋めないことにした欠員。さらにAIの使い方そのもの──目的、人間による監督、個人データの使用にまで及ぶ。前年分を毎年3月1日までに提出し、怠れば1日最大500ドルの民事罰が積み上がる。
この法案には前段がある。ホークル知事は2025年から、大量解雇の事前届出(WARN通知)を出す企業にAIの関与の開示を義務づけてきた。結果はどうだったか。AI関連と明示された届出は、これまで1件だけ。ニューヨーク市のNespressoが46人を削減した際、理由欄に「事業の再配置、人工知能」と書いた。それきりだ。
一方、再就職支援会社Challenger, Gray & Christmasの集計では、企業が「AI関連」とした削減発表は2026年1〜6月だけで101,743件。2025年の通年分54,836件を、半年で追い越した。7月単月でも10,970件が積み上がっている。州の届出と全米の発表集計。1件と10万件。範囲の違う数字とはいえ、この落差は「発表ではAIのせいにし、届出では認めない」という企業の使い分けを映している。
そもそも「AIが原因の削減」の認定は、実務では難しい。自主退職で空いた席をAIに任せて補充しなければ、削減件数はゼロのまま仕事だけが消える。採用の抑制、労働時間の短縮、職務の組み替え。どれもリストラの顔をしていない。業績悪化やコスト削減の事情と混ざれば、もう切り分けられない。A9581Bが「全部または一部がAIによる」という広い書き方を選び、標準様式づくりを州労働局に委ねたのは、この曖昧さへの答えである。
ホークル知事は2026年4月、州職員10万人超へのAI研修の拡大も発表している。数える側も、使う側である。
日本でAIリストラは起きているのか
日本には、韓国のような課徴金も、ニューヨーク州のような報告義務もない。2025年に成立したAI推進法は罰則のない枠組み法で、AIを理由とする人員削減を対象にした制度は存在しない。
ただし「AIに置き換えるから」という解雇が、そのまま通る国でもない。整理解雇の有効性は、判例法理が積み上げた4つの要素──人員削減の必要性、解雇回避の努力、人選の合理性、手続きの相当性──で判断される。古いが、強固な防波堤である。韓国が金で、ニューヨーク州が数字で向き合おうとしている問いに、日本はいまのところ、この裁判所の物差しだけで向き合っている。

AIに仕事を奪われるとどうなるのか
韓国の法案は、失職した人が職業再訓練を受ける法的権利、再就職支援、失職期間中の最低所得基準を定める設計だ。雇用喪失が集中した地域は「転換地域」に指定して支援できる。日本にはこうした専用の制度がなく、解雇の有効性を整理解雇の4要素など既存の法理で争うことになる。
AI規制はなぜ必要とされるのか
従来の課税案が「AIを売る側」を狙い、実際に人を減らした雇用主は何の義務も負わなかったからだ。韓国開発研究院は、AIが韓国で年間およそ25万6,000人分の職を消し、直撃するのは専門職・事務職・営業職だと推計している。利益を得る企業と負担を負う労働者のずれを埋めることが、規制の出発点になっている。
ロボット税とは何か
ロボットやAIで人間の仕事を置き換えた企業に負担を求める課税の構想で、2017年にビル・ゲイツが提唱して広まった。欧州議会は2017年に否決し、以来どの国も法制化に至っていない。韓国の「AI転換対応分担金」は、この系譜で初めて、人員削減という結果に直接ひもづいた国レベルの法案である。


