人工知能（AI）の急速な普及が、私たちの働き方を大きく変えようとしている。業務効率化の切り札として期待される一方、その導入プロセスや活用スキルの格差が、新たなハラスメント「AIハラスメント（AIハラ）」を生む温床となりつつあることが、専門家や企業から指摘され始めている。これは、単なる技術的な問題ではなく、人間の尊厳や労働環境に関わる深刻な課題だ。
「AIハラ」とは何か？ 浮かび上がる2つの側面
現在、「AIハラスメント」という言葉は、大きく分けて2つの意味合いで語られている。
一つは、「AI利用の格差や価値観の違いから生じる、職場での新たなハラスメント」である。これは、AIを使いこなす従業員とそうでない従業員の間に生じる摩擦や、AIに対する考え方の相違から発生する。具体的には、以下のようなケースが考えられる。
スキルの格差によるパワーハラスメント: AIツールを使いこなす上司が、部下に対して「こんなこともAIでできないのか」「君の仕事はAIで代替できる」といった発言で追い詰める。
AI活用の強要と制限: 会社や部署が一方的にAIツールの使用を絶対的なものとして義務付け、使えない従業員を不当に評価したり、逆に「AIに頼るな、まずは自分で考えろ」と旧来のやり方を強要し、若手従業員の成長機会を奪ったりする。
評価への不透明な反映: AIによる業務分析や評価が、本人の能力や努力を正当に反映せず、不公平感や疎外感を生む。
もう一つは、より広義の「AIを悪用した嫌がらせ行為」である。これには、AIを用いて特定の個人を標的とした誹謗中傷コンテンツを大量に生成・拡散したり、ディープフェイク技術で本人の名誉を毀損する動画を作成したりといった、より悪質で直接的な攻撃が含まれる。
専門家「コミュニケーションの断絶が問題の本質」
ITジャーナリストのA氏は、「AIハラスメントの根底にあるのは、技術そのものではなく、人間同士のコミュニケーションの在り方だ」と指摘する。「AIはあくまでツール。しかし、その導入や活用方法について十分な対話や合意形成がなされないまま進めば、従業員間に溝が生まれるのは当然だ。特に、生産性向上を焦るあまり、AIを使えるか否かで従業員を安易に線引きしてしまう風潮は非常に危険だ」と警鐘を鳴らす。
実際に、企業の人事担当者からは、「生成AIの導入後、ベテラン社員が若手社員から『そのやり方は古い』と暗に指摘され、孤立感を深めているケースがある」「AIが出した議事録の修正を若手に指示したところ、『AIに失礼だ』と反発され、指導に悩んでいる」といった声も聞かれる。
企業に求められる対策とは
AIハラスメントを防ぐためには、企業側の積極的な対策が不可欠となる。専門家は、以下の点を重要視している。
1. 全社的なAIリテラシーの向上: 役職や年齢に関わらず、全従業員がAIの基本的な知識や倫理的な利用方法について学ぶ機会を設ける。
2. 明確なガイドラインの策定: AIの利用範囲や評価基準、トラブル発生時の相談窓口などを明記した、透明性の高い社内ガイドラインを作成・周知する。
3. コミュニケーションの活性化: AIの導入目的やメリット・デメリットについて、経営層と従業員がオープンに議論できる場を設ける。1on1ミーティングなどを通じて、個々の従業員が抱える不安や不満を吸い上げる努力も欠かせない。
4. AIによるハラスメント検知システムの活用: 職場でのコミュニケーションをAIが分析し、ハラスメントの兆候を早期に発見するシステムの導入も有効な手段となり得る。
AIは、私たちの社会に大きな恩恵をもたらす可能性を秘めている。しかし、その光が強ければ強いほど、生まれる影もまた濃くなる。AIという新たなツールを前に、私たち人間がどのように向き合い、共存していくのか。今、その知恵が試されている。企業も個人も、「AIハラスメント」という新たなリスクを正しく認識し、誰もが安心して働ける環境づくりを進めていく必要があるだろう。