結論からいえば、海外の図書館で自習は当たり前だ。米欧では無料コワーキング空間、北欧では市民の「第三の場所」として日常的に使われている。
はじめに 「図書館で勉強するな」は世界の常識なのか
公共図書館は、万人に開かれた知識の集積所であると同時に、地域社会の文化や教育システム、さらには都市空間の余裕を色濃く反映する社会的な鏡でもある。「海外の図書館は自習室として使われているのか」という問いは、単なる施設利用ルールの枠を超え、各国の公共空間に対する寛容性、学習・教育に対するパラダイム、そして地域コミュニティにおける図書館の存在意義そのものを浮き彫りにする。
日本の公共図書館において、図書館が所蔵する資料を用いず、自身の参考書やノートパソコンを持ち込んで勉強する行為、いわゆる「持ち込み自習(席借り)」は、長年にわたり論争の的となってきた。多くの都市部の図書館において自習は制限または禁止されており、その理由として「本来の目的である図書資料の閲覧者の席を確保するため」という空間的・資源的制約が挙げられる。
一方で、欧米や北欧の公共図書館に目を向けると、自習やコワーキングといった個人的な作業活動は広く容認される傾向にあるだけでなく、むしろ図書館が積極的に支援すべき「インフォーマルな学習」の一環として位置づけられている。本稿では、国内外の歴史的背景、法制度、利用規約の細部、そして最新の建築設計の事例を比較分析することで、公共図書館における「自習」の国際的な位置づけと、日本における滞在型図書館へのパラダイムシフトについて詳細に論じる。各国の図書館が、資料の保護と空間の解放という相反する課題に対してどのようなトレードオフを選択しているかを紐解くことは、これからの公共施設のあり方を設計する上で極めて重要な示唆を与える。
1 日本の図書館と「自習」の100年戦争
日本における「図書館での自習」問題は、現代特有の現象ではなく、およそ1世紀にわたる長い歴史を持つ社会的課題である。この問題の変遷をたどることで、日本の教育制度と図書館行政の間の複雑な力学が明らかになる。
1.1 大正時代にはもう満席だった
日本の図書館において、学生が受験勉強などのために座席を占有する現象は戦前から確認されている。1921年(大正10年)3月13日の東京朝日新聞には、「此頃は高等学校の入学試験、大学の試験等で上野の図書館(帝国図書館)は朝六時頃迄に行かなければ到底入館できない」という読者投稿が掲載されている。
また、1924年(大正13年)5月には、文部省が松浦鎮次郎文部次官名で「教科書ノ解説書若クハ教科書類似ノ図書ヲ副教科書又ハ参考書ト称シテ使用」することを禁じる通牒を各地方長官に発している。このように、正規の学校教育で用いる教材と図書館での学習を厳格に切り離そうとする動きや、自習目的の学生による座席占有は、大正時代からすでに社会問題化していたのである。
戦後においても、自習空間に対する強い需要が存在したことは間違いない。例えば、大阪市立図書館が開館した当初(1961年の旧館建設時など)は、3階に高校生・受験生を対象とした800席もの広大な「学習室」が配置されており、正面玄関とは別の専用ルートが設けられるなど、明確に自習需要に応えようとする設計思想が存在した時期もあった。
しかし、高度経済成長期を経て都市部の人口が急増すると、大都市の図書館は限られた狭いスペースを有効活用するため、もっぱら自習を排除する運営方針へと転換せざるを得なくなった。1960年代から1980年代の受験戦争期には、「宿題期や受験期の風物写真として図書館をとりまく学生の行列」が新聞を賑わせ、世間一般に「市立図書館は学生の勉強場である」という強固なイメージが定着した。
こうした状況に対し、日本の図書館界は強い危機感を抱いた。1989年に日本図書館協会が発表し、2004年に改訂された『公立図書館の任務と目標』の中では、「席借りのみの自習は図書館の本質的機能ではない。自習席の設置は、むしろ図書館サービスの遂行を妨げることになる」と明記されている。これは、図書館を「自習室」から「図書資料を提供する場」へと引き戻そうとする業界全体の明確な意思表示であった。
1.2 都会は禁止、地方は歓迎 二極化する「席」の政治学
現在、日本の公共図書館における自習の可否は、一律ではなく、自治体の規模や施設面積に起因する「需給ギャップ」によって大きく二極化している。この地域的差異は、図書館の理念の問題というよりも、純粋な空間資源の制約に起因する。
| 地域区分 | 自習に対する基本方針 | 背景と実態 |
|---|---|---|
| 大都市部 | 厳格な制限・禁止 | 整備コストが高く人口に対する閲覧席数が極端に不足している。大阪市立図書館(全24館)のように「持ち込み資料だけによる自習は遠慮いただき、調べものや読書優先」とする施設が多い。広島市立図書館でも中央図書館を除く12館で自習を禁じており、その理由は「滞在時間が長く、席を探しに来た本来の利用者が使えないため」である。 |
| 地方都市部 | 容認・歓迎傾向 | 比較的近年建設された施設が多く、人口1万人当たりの閲覧席数が潤沢(50席以上など)である。テスト期間以外は満席になることが少なく、空間的なゆとりがあるため、自習を制限する合理的な理由がない。中高生専用自習席を設けて一般利用者との棲み分けを図る自治体も存在する。 |
大阪市立図書館の事例では、各区の図書館において「どこの席でも自習に利用できますが、調べものや読書優先です。混雑時にはご遠慮いただく場合があります」という方針が取られており、席数の絶対的不足(一部の図書館では一般閲覧席が十数席程度)が、自習排除の直接的な原因となっていることが伺える。すなわち、日本における自習禁止は「学習という行為そのものを否定している」のではなく、「物理的な座席の枯渇を防ぐための苦肉の策」という側面が極めて強い。
1.3 法律は自習を禁じているのか 法的根拠とマナー問題
日本の図書館行政の根幹をなす図書館法(昭和25年制定)の第3条では、図書館奉仕として「図書館資料」を収集し一般の利用に供することが定められている。図書館の公式な見解として、「図書館の資料を用いない、持ち込み資料のみによる学習は、本来の目的から外れる」とされる法的根拠はここにある。
しかし、社会状況の変化に伴い、法的な枠組みも徐々にアップデートされている。2008年(平成20年)の図書館法改正ならびに社会教育法の改正では、生涯学習の振興を図る観点から、第3条第1項第8号に「社会教育における学習の機会を利用して行つた学習の成果を活用して行う教育活動その他の活動の機会を提供し、及びその提供を奨励すること」が追加された。この改正は、図書館が単なる資料提供機関に留まらず、地域の課題解決や市民の自主的な学習活動(起業、就業、ボランティア活動へのチャレンジ等)を支援する「知の拠点」へと役割を拡張したことを意味している。とはいえ、この法改正が直ちに「館内の資料を利用しない純粋な持ち込み自習」を無条件に正当化するものではなく、現場レベルでの対応は依然として各館の判断に委ねられている。
さらに、自習目的の利用者が引き起こすマナー問題も、制限に拍車をかけている。着信音やタイピング音による騒音、荷物の広げすぎによる通路の占有、複数人での交代利用や無断での席移動による不正占有、荷物を置いたまま長時間の離席(食事など)を行う行為などがトラブルの原因となり、静粛な読書環境を求める他の利用者との間に深刻な摩擦を生んでいる。
2 アメリカ 図書館は「民衆の大学」であり、無料のコワーキングスペースである
ひるがえってアメリカに目を向けると、公共図書館における「自習(Study)」や「個人的な作業(Work)」の捉え方は、日本とは根本的に異なる思想に基づいている。アメリカにおいて公共図書館は、市民が自律的に学ぶための最も重要かつ開かれたインフラとして機能している。
2.1 成人教育の拠点としての歴史
アメリカにおける公共図書館は、歴史的に「民衆の大学(People’s University)」としての役割を強力に担ってきた。19世紀後半から20世紀にかけて、移民へのリテラシー教育や成人教育を主導し、経済的弱者や非識字者に対するセーフティネットとして機能してきた歴史がある。1970年代にはアメリカ図書館協会(ALA)内に「社会的弱者に対する図書館サービス事務局」が設立され、単純な読み書きだけでなく、社会生活を営む上で不可欠な機能的リテラシーの問題へと支援の範囲を広げていった。この「誰もが自発的に学べる場」という理念は現代にも引き継がれており、アメリカ人は公共図書館を知識と文化を地域にもたらす不可欠な施設として支持し続けている。
2.2 Wi-Fi・電源・パソコン貸し出し コワーキングスペース化する図書館
現代のアメリカにおいて、公共図書館は学生の自習のみならず、フリーランスやリモートワーカーのための「無料のコワーキングスペース」として積極的に機能している。大規模な公共図書館では、物理的な書籍の提供にとどまらず、最先端のデジタルインフラと多様な学習プログラムが完備されている。
シアトル公共図書館(SPL)やニューヨーク公共図書館(NYPL)などの巨大ネットワークでは、無料のWi-Fi、電源、パソコンやラップトップの貸し出しが標準的に行われている。SPLの利用者は、The New York Times、Kanopy(映画ストリーミング)、Britannica Libraryといった膨大なオンラインデータベースに無料でアクセスでき、テクノロジーワークショップ(基礎的なコンピュータスキルやコーディングの学習)などの教育機会にも恵まれている。SPLは2020年1月に延滞料を廃止し、より多くの市民が資料を公平に利用できるようシステムを革新した。また、子連れのリモートワーカーのニーズに応えるため、小さな子ども連れでも働ける「ワーク・アンド・プレイ ステーション」を設置する図書館も登場しており、仕事と育児の両立支援までもが図書館のサービス領域に組み込まれつつある。
ブルックリン公共図書館に設置された「インフォメーション・コモンズ」も象徴的である。ここでは、個人のノートパソコンで作業する人、会議室で勉強会を開催する人、備え付けのPCでビデオ編集を行う人など、多様な市民が目的を問わず活発に活動しており、図書館が市民の知的生産のプラットフォームとして機能していることがわかる。
2.3 自由の代償 驚くほど厳格な持ち込み制限とセキュリティ
アメリカの図書館が自習やコワーキングに極めて寛容である一方で、特筆すべきは「館内での振る舞い」や「持ち込み荷物」に対する驚くほど厳格な管理体制である。この厳格さは日本の「席貸し防止」とは全く異なる目的、すなわち「セキュリティの確保」と「希少資料の保護」に基づいている。
まずデジタルアクセスとプライバシーの保護について見てみよう。インターネットへのアクセスを提供する一方で、図書館は児童インターネット保護法(CIPA)に準拠するためのフィルタリングソフトを導入しており、猥褻物や未成年者に有害なコンテンツへのアクセスを遮断している。NYPLの規定では、他人の図書館カードの使用や、ネットワークへの不正アクセス(ハッキング)、他人のプライバシーを侵害する行為は厳格に禁止されており、違反者はコンピュータ利用権の即時停止や刑事告発の対象となる。同時に、SPLは「利用者のプライバシー保護」を強力に推し進めており、米国愛国者法(USA PATRIOT Act)などの法的要求がない限り、個人の閲覧履歴や個人情報を外部組織に提供しないことを明言している。
物理的な持ち込み制限と行動規範も徹底している。資料の保全に関しては、徹底的な物理的制限が課される。NYPLの規定では、24インチ×16インチ×10インチを超える大型の鞄やキャリーバッグの持ち込みが禁止されている。さらに、専門コレクション・研究閲覧室(Prints and Photographs Study Roomなど)へ入室する際は、コート、傘、11インチ×14インチ以上のバッグやラップトップケースなどをすべてクロークに預けなければならない。持ち込めるのはラップトップコンピュータ本体や鉛筆、ルーズリーフ等に限定され、それらは図書館が提供する透明なプラスチックバッグに入れて持ち歩くことが義務付けられている。退出時には、預けていた荷物も含めて全て検査の対象となる。
行動規範も明確であり、SPLの「コミュニティ利用協定」やNYPLの一般規定では、大声での会話、匂いの強い香水の使用、通路を塞ぐ形での充電機器の配置、居眠り、飲酒、指定場所以外での飲食などが厳格に禁じられている。また、観光客などが見学目的で自習室に立ち入ることを監視員が制止し、「自習する人の集中できる空間」を物理的に守る措置も取られている。
このように、アメリカの図書館は「自習(個人的な学習)」をインフォーマルな学習として積極的に保護・支援する一方で、資料の保存と館内の安全に関しては、物理的なセキュリティゲートやクローク制度を用いて徹底的なコントロールを行っている。「広大な座席資源を解放する代わりに、資料保全と治安維持は厳格に管理する」という合理的な切り分けが確立されているのである。
3 ヨーロッパと北欧 図書館は「第三の場所」になった
ヨーロッパ諸国においても、図書館はインフォーマルな学習空間として強力に機能している。学校教育がフォーマルな学習であるのに対し、図書館は専門の司書が配置され、多様なニーズに応える学びの場として認識されている。
3.1 パリもロンドンも、図書館は試験勉強の場である
ヨーロッパでは、歴史ある重厚な図書館が学生たちの試験勉強の場として日常的に活用されている。フランス・パリにあるフランス国立図書館(BnF・フランソワ・ミッテラン図書館)は、巨大な閲覧室を備え、学生や研究者にとって「復習(試験勉強)に最適な図書館」として広く知られている。イギリスの大英図書館(British Library)においても、研究目的の閲覧室へはコートや手荷物の持ち込みがクロークで厳しく制限され、ペンの使用も禁じられている(鉛筆のみ可)一方で、2階のパブリックスペースにあるカフェやその周囲のデスクでは、朝から晩までパソコンを持ち込んでコーヒーを飲みながら友達同士で集まって勉強する学生の姿が日常的に見られる。
また、語学留学の環境においても、海外の図書館はTOEIC、TOEFL、IELTSなどの一般的な試験の過去問題集やオーディオを利用できる環境が整っており、留学生の自習スペースとして極めて有用であることが紹介されている。図書館は単に本を読む場所ではなく、地域の音楽グループや読書クラブ、歴史の議論を行うための社会的集会の場としても機能しているのである。
3.2 フィンランド「Oodi」の衝撃 サードプレイスの最先端
近年、世界の図書館建築や運営コンセプトに最も大きな影響を与えているのが、北欧、特にフィンランドのモデルである。アメリカの社会学者レイ・オールデンバーグが提唱した「第三の場(サードプレイス)」——すなわち、家庭(第一の場)でも職場や学校(第二の場)でもない、個人が自由に出入りでき、社会的交流と精神的支えを提供する中立的な領域——という概念が、フィンランドの公共図書館において極めて高いレベルで実装されている。
フィンランドのヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」は、従来の「静かに本を読む場所」という図書館の概念を根本から覆す施設である。同館は、市民の様々な活動を許容し、相反するニーズを一つの空間に包摂する「エテロトピ(混在郷)」としての性質を持っている。Oodiの空間構成は、フロアごとに異なる活動を想定し、緻密にデザインされている。
2階(ワークスペースと工房)は、少人数での話し合いや作業、リモートワークが可能な空間である。ガラス張りの会議室が並び、人々は階段状のスペースでラフにPCを開いて仕事や学習を行っている。さらに、大型プリンター、3Dプリンター、ミシン、さらには各種工具類を備えた工房スペースや、調理・実験ができる部屋まで存在し、現代の知的生産に必要なツールが網羅されている。
3階(図書館・閲覧スペース)は、天井が波打ち、床が丘のように傾斜した自由な空間デザインが特徴である。読書や勉強をするための机が並び、クッションや個性的な椅子が配置されている。空間の一角にはキッズスペース(子どもコーナー)があり、ベビーカーの持ち込みや、子どもたちが床に座って遊ぶことが容認されている。
日本の図書館が着信音やタイピング音を排除し、静寂を至上命題とする傾向にあるのに対し、Oodiをはじめとする北欧の図書館は、多様な人々が行き交い、様々な活動が行われる「屋根のある広場」としての雰囲気を志向している。子どもが騒いだり、カフェスペースで会話が交わされたりしても、空間の広さや緩やかなゾーニングによってお互いの活動が致命的な干渉を起こさないように設計されている。これは、サードプレイスが持つ「会話を主要な活動とする」「陽気な遊び場的な雰囲気を持つ」といった社会的効用を図書館空間に意図的に取り入れた結果であり、フィンランドにおいて図書館は、草の根民主主義を支え、地域の社会的ネットワークを構築するための市民の居場所として機能している。
4 日本でも始まった「滞在型図書館」革命
これまで「図書の貸出点数」を主たる評価指標とし、回転率を重視してきた日本の公共図書館界隈でも、近年、明確なパラダイムシフトが起きている。
4.1 「無料貸本屋」批判からの脱却
1990年代以降、日本の図書館の一部では、貸出点数を伸ばすために娯楽小説などの複本を多数購入する手法が取られた。その結果、「もっぱら小説が借りられている」「無料貸本屋である」といった出版業界からの批判を招き、図書館の評価方法そのものの再検討が迫られた。さらに、人口減少や活字離れ、自治体の財政難といった構造的な課題に直面する中で、単なる図書の貸出施設から、人々が長時間を過ごし、知的な刺激や交流を得る「滞在型図書館」への転換が急務となった。この潮流は、自習や学習環境の扱い方にも劇的な変化をもたらした。
4.2 武蔵野プレイス 「ほどよいざわめき」を設計する
日本の滞在型図書館を代表する事例の一つが、「武蔵野プレイス」(東京都武蔵野市)である。この施設は、図書館、生涯学習センター、市民活動センター、青少年センターという4つの独立しがちな公共施設機能を一つに融合させている。最大の特徴は、機能ごとに壁で区切る従来の「縦割りのゾーニング」を排し、人の身体スケールに合わせた丸みを帯びた「ルーム」を廊下なしで数珠繋ぎに連結させるという独自の建築的アプローチである。
この施設では、3階のスタディコーナーや4階のワーキングデスク(有料)で自習が可能であるだけでなく、図書館の図書を館内のどのフロアにも自由に持ち歩くことができる。全館でWi-Fiが利用でき、1階の中心には360度回転するカフェが配置され、人の声やカップの音が交じる「通奏低音のようなほどよいざわめき(適度なノイズ)」が意図的に許容されている。静寂性だけでなく、適度なノイズがリラックスした公共性を生み出すという設計思想は、北欧のサードプレイス概念と強く共鳴している。
4.3 石川県立図書館 500席・座席予約・飲み物OKの巨大円形図書館
もう一つの画期的な事例が、2022年に開館した石川県立図書館(百万石ビブリオバウム)である。延床面積約22,700平方メートル、閲覧席約500席を誇る巨大な円形図書館であり、その空間設計と運営ルールは従来の県立図書館の常識を大きく覆した。同館における学習・滞在環境の最大の特徴を以下に示す。
| 特徴 | 詳細と設計思想 |
|---|---|
| 多様な座席と予約システム | 約500席の閲覧席には、デスク席、ソファ席、窓際の半個室など多様な種類があり、基本的には予約不要(早い者勝ち)で誰でも利用できる。さらに、集中したい利用者向けの「サイレントルーム」や「グループ活動室」は、利用者カードを用いてWEB上から座席予約が可能である。 |
| 寛容な利用ルール | 館内の「文化交流エリア」などでは、蓋付きの飲み物の持ち込みが許可されているだけでなく、会話や写真撮影も容認されている。全館で安定したフリーWi-Fiが提供されており、動画視聴やブラウザ操作、リモートワークも快適に行える。 |
| テーマ別配架によるブラウジング | 従来の日本十進分類法(NDC)ではなく、「仕事を考える」「世界に飛び出す」といった12の独自のテーマに沿って本を配架し、利用者が目的外の本にも偶然出会う(ブラウジング)仕掛けを施している。 |
| 司書の専門性確保 | 施設の規模拡大に伴う業務増に対応するため、ICTの活用や窓口業務の民間委託を進める一方で、レファレンスや企画展示を担当する司書は全員を正規職員として雇用し、専門的知見の蓄積を図っている。 |
武蔵野プレイスにおけるICチップと自動貸出機による館内利用の自由化や、石川県立図書館における座席の予約システムの導入は、これまで図書館員が対応に追われていた「席取りをめぐるトラブル」をテクノロジーによって解決し、利用者の自律的な学習活動を支援する枠組みを提供している。これらの施設は、自習を図書閲覧と対立する排除対象としてではなく、市民の「知的生産活動」や「生涯学習」の重要なプロセスとして再定義し、空間全体にシームレスに組み込んでいる点において画期的である。
5 なぜ違いが生まれたのか 受験文化と公共空間の思想
日本の公共図書館が歴史的に自習を制限し、欧米がコワーキングスペース化を推し進め、北欧がサードプレイスとして多様性を包摂するに至った背景には、単なるルール設定の違いを超えた、根深い社会構造的・文化的要因が存在する。
5.1 受験戦争が生んだ座席の「ゼロサム・ゲーム」
日本や東アジア地域において「席借り(自習)」が問題化しやすい最大の理由は、熾烈な受験競争と密接に結びついている。特定の時期(テスト期間や受験期)に、10代の若者が家庭や学校以外の静かで無料の学習空間を一斉に必要とするという強い社会的需要が存在する。これに対し、大都市の限られた土地に建設された日本の公共図書館は、そもそもの座席供給量が圧倒的に不足している。その結果、特定の年齢層が座席を完全に占拠するという「ゼロサム・ゲーム」が発生し、他の資料利用者を守るために「持ち込み自習の禁止」という一律のルールが形成されたのである。
一方、アメリカやヨーロッパの教育システムにおいては、日本ほど画一的で一斉に行われるペーパーテスト型の受験戦争は顕著ではない。学習はより生涯にわたるスキルアップや、リテラシー獲得、プロジェクトベースの探究として捉えられている。そのため、図書館での学習需要も特定の時期に偏ることなく、あらゆる年代の市民が日常的に行うコワーキングや生涯学習の一部として空間に溶け込んでいる。
5.2 寛容性とセキュリティのトレードオフ
公共空間に対する「寛容性」の捉え方も大きく異なる。日本の公共空間における伝統的な行動規範は、「他者の迷惑にならないこと(静粛性の維持など)」に極めて重きを置く。そのため、図書館では携帯電話の着信音やタイピング音すらも耳障りなノイズとして厳格に排除され、「静粛な読書のための純粋な空間」を維持しようとする文化が、目的外利用(自習や会話)を不純なものとして遠ざける心理的土壌を形成した。また、荷物の持ち込みに関しては諸外国に比べて寛容であり、クロークに全荷物を預けるような厳格なセキュリティチェックは一般的ではない。
対照的に、欧米や北欧においては、公共空間は「多様な目的を持った人々が共存する場」としてデザインされる。人々の多様な活動やノイズを許容する一方で、アメリカの大規模図書館に見られるように、希少資料の保護やテロ対策の観点から、荷物の持ち込みやネットワークの利用に関しては極めて厳格な管理体制を敷いている。利用者の「学びの自由」を最大限に保障する一方で、「施設と資料の安全」については個人の裁量に委ねずシステムで強制的に管理するという、非常に明確なコントラストが存在している。
5.3 結論 海外の図書館は、堂々と「自習室」である
「海外では図書館を自習室として使うのか」という問いに対する結論は、疑いようもなく「イエス」である。アメリカ、イギリス、フランスをはじめとする欧米諸国、そしてフィンランドなどの北欧諸国において、公共図書館は学生の自習のみならず、社会人のコワーキング、市民の生涯学習、そしてインフォーマルな交流の拠点として、極めて能動的かつ日常的に利用されている。
日本において長らく「持ち込み自習」が制限されてきた背景には、大都市における深刻な空間不足と、激しい受験戦争による座席の極端な占有という物理的・社会的な事情があった。しかし現在、武蔵野プレイスや石川県立図書館の事例が示すように、日本国内においても図書館の役割を再定義し、欧米や北欧の「サードプレイス」概念を取り入れた「滞在型図書館」への転換が急速に進みつつある。Wi-Fi環境の整備、多様な座席と予約システムの導入、適度なノイズの許容といったイノベーションにより、「読書か自習か」という旧来の二項対立は過去のものとなりつつある。
今後の公共図書館は、書物という物理的なメディアを貸し出すだけでなく、そこを訪れる人々がそれぞれの知的好奇心を満たし、主体的に学習・作業を行い、地域社会と交流するための「市民社会のインフラ」としての役割を、より一層深めていくことが期待される。
よくある質問
海外の図書館では自習してもいいのか?
アメリカ、イギリス、フランス、フィンランドなどでは、持ち込み資料での自習やパソコン作業は日常的に行われており、禁止どころか図書館が積極的に支援すべき「インフォーマルな学習」として位置づけられている。無料Wi-Fi・電源・パソコン貸し出しを備え、無料のコワーキングスペースとして機能する館も多い。
なぜ日本の図書館は自習を禁止するのか?
学習という行為そのものを否定しているのではなく、大都市の図書館で閲覧席が絶対的に不足しているためである。受験期に学生が座席を占有し、資料を利用したい人が座れなくなる問題は1921年(大正10年)の帝国図書館の時代から続いており、日本図書館協会も1989年の『公立図書館の任務と目標』で「席借りのみの自習は図書館の本質的機能ではない」と明記している。
図書館法は自習を禁じているのか?
禁じていない。図書館法第3条は図書館資料の提供を図書館奉仕の中心に置いているが、2008年の改正では学習の成果を活用した活動の機会提供・奨励が追加され、市民の自主的な学習を支援する方向へ役割が拡張されている。自習の可否は、あくまで各館の座席事情に応じた運営判断である。
日本で自習しやすい図書館はあるのか?
ある。武蔵野プレイス(東京都武蔵野市)はスタディコーナーやワーキングデスクを備え、石川県立図書館は約500席の閲覧席とWEB座席予約、蓋付き飲み物の持ち込み可という運用で滞在型図書館の代表例となっている。地方の比較的新しい図書館には、自習を歓迎する館も多い。