【ミニゲーム】AI驚き屋
AI驚き屋の前に現れた3つの扉…あなたは何ターン、驚かずに生き残れるか?
この記事は「AI驚き屋現象とハッスルカルチャーの歴史社会学:手軽な成功譚の系譜とプラットフォーム資本主義の構造的変容」の読みやすいダイジェスト版です。じっくり読みたい方はロング版はこちら。
タイムラインを開くと、今日も誰かが叫んでいます。「プロンプト1つで月収100万円」「AIを使えない人は淘汰される」。すごそうな絵文字と一緒に流れてくるこの手の投稿、つい不安になりますよね。乗り遅れたら損をするかも、という焦り。でも、その焦りこそが“商品”だとしたら、どうでしょう。
そもそも「AI驚き屋」って何者?
もともと「AI驚き屋」は、社内に新しいツールを広めてくれる頼もしい人を指す、ポジティブな言葉でした。それがSNSでは意味が一変。海外のAIニュースを大げさに紹介し、「これ知らないとヤバい」と過剰に驚いてみせる人たちを指すようになりました。
彼らがあまり触れないのは、AIが平気でそれっぽいウソをつくこと(ハルシネーション)や、著作権のリスク。代わりに強調するのは「自動化でラクに稼げる」という部分だけです。そして話の着地点は、たいてい自分の有料noteやBrainといった情報商材へのご案内、というわけです。
巧妙なのは「買った人が宣伝マンになる」仕組み
ここが一番のポイントです。Brainなどには、買った商材を人に紹介すると報酬がもらえるアフィリエイト機能があります。しかも報酬は販売価格の半分、なんてことも。
すると何が起きるでしょう。買った瞬間、人は「元を取りたい」と考えます。だから商材を“すごく良いもの”として拡散し、自分も小さな驚き屋になって次の人を誘っていく。被害者が、そのまま勧誘する側の入り口に立たされてしまうのです。批判されても全員でかばい合う、抜けにくいコミュニティができあがります。
実際、炎上も起きています。あるインフルエンサーが「AIアニメ制作」の教材を記念価格9,800円(後に29,800円へ値上げ予定)で売り出したところ、「情弱ビジネスだ」と大炎上。殺害予告や消費者庁への通報騒ぎにまで発展しました。さらに、18歳の若者を無料勉強会と称して呼び込み、消費者金融で77万円を借りさせて高額商材を契約させる、という悪質な事例も報告されています。新しい技術が、古い搾取の“新しい衣装”として使われているわけです。
実はこれ、40年くらい繰り返されています
「手軽に稼げる」という謳い文句は、今に始まった話ではありません。1980〜90年代はワープロを売りつける「内職商法」。2000年代は情報起業や、「秒速で1億円」と豪語したネオヒルズ族。その後はFXの自動売買ツールに仮想通貨と、主役は次々に入れ替わってきました。
道具がワープロからAIに変わっただけで、売り方の骨組みはそっくりです。仕組みが分かりにくいほど「魔法の杖」に見えてしまうのは、今も昔も変わりません。
海外はもっと過激です。元キックボクサーのアンドリュー・テイトは、月額制のオンライン講座を巨大なアフィリエイト網に変え、「マトリックスから抜け出せ」と若者を煽りました。ちなみに彼は、その後に人身売買などの容疑で起訴されています。もう少し洗練された形もあります。「Skool」というコミュニティ運営サービスは真っ当なモデルを掲げますが、批評家からは「オンラインで稼ぐ方法を教えるコミュニティ」の作り方を教える、入れ子の情報商材になっていないか、と指摘されています。
煽られているのは「強欲」より「不安」
昔の商材が刺激したのは、「もっと贅沢したい」という欲でした。でも今は少し違います。終身雇用は揺らぎ、物価は上がり、将来が見えにくい。そんな空気の中で響くのは、「このツールを使わないと、一生搾取される側だよ」という“脅し”の方なのです。
とくに最近は、これが「FIRE(経済的自立と早期リタイア)」という言葉と結びついています。FIRE自体はコツコツ貯めて投資する真面目な考え方なのですが、商材屋は「会社という搾取から抜け出すにはこのツールが必要だ」と、その看板だけを上手に借りてきます。
うっかり乗らないための、ちょっとしたコツ
見分け方は、意外とシンプルです。「誰でも」「簡単に」「すぐに」の3つがそろったら、まず一歩引いて深呼吸。紹介すれば報酬がもらえる、と勧められたら、それは商品の良さではなく仕組みで回っているサインかもしれません。なぜか必ず登場する高級車や札束の写真は、中身ではなく雰囲気を売っている証拠です。焦らせてくる相手ほど、こちらは時間をかけて調べる。それだけで、たいていの“うまい話”は輪郭がはっきりしてきます。
AI驚き屋が本当に売っているのは、AIのスキルというより、不安からの逃げ道。私たちが目指したい本当の出口は、怪しいコミュニティに課金することではなく、こうした煽りから少しだけ心の距離を取ることなのかもしれません。