はじめに ― 複合的危機(ポリクライシス)の時代へ
二十一世紀の国際社会は、いま「複合的危機(Polycrisis)」と呼ぶべき時代に突入している。人工知能(AI)の指数関数的な進化、気候変動とそれに伴うエネルギー危機、大国間の先鋭化する地政学的対立、そして多発・長期化する武力紛争。これらが複雑に絡み合い、もはや個別に論じることが不可能なまでに連動しているのだ。
かつて主に学術的な探求の対象であったAIは、いまや数兆ドル規模の経済的価値を生み出し、国家の安全保障と産業競争力を左右する中核的な汎用技術(General-Purpose Technology)へと変貌を遂げた。しかし、このデジタル技術の飛躍的な進歩は、無機質なサイバー空間のなかだけで完結するものではない。AIモデルの学習と推論を維持するためには、膨大な電力、冷却用の水資源、そして半導体インフラを構築するための重要鉱物(クリティカル・ミネラル)といった、地球上の極めて限られた物理的リソースが不可欠である。
本稿は、最新の国際機関データ、学術研究、地政学的リスク評価に基づき、AIが環境問題、エネルギー需要、地政学的なサプライチェーン、そして国家間および非国家間の紛争にどのような連鎖的影響――一次的、二次的、三次的効果――を及ぼしているかを、包括的に解き明かそうとするものである。
AIは、核融合や気候モデリングを通じて地球環境問題を解決するための強力なイネーブラー(推進力)であると同時に、資源制約を悪化させ、地政学的な断層を深め、さらには戦場における暴力の性質を根本から変容させる「脅威の乗数(Threat Multiplier)」としての二面性を内包している。技術的、経済的、そして政治的なダイナミクスを理解することは、持続可能で安定したグローバル・ガバナンスを構築するための、もはや欠かすことのできない前提条件なのだ。
第一章 計算する怪物 ― AIが食らう電力と水
データセンターが揺さぶる送電網
人工知能の普及は、世界のエネルギーシステムを構造的に再編しつつある。
国際エネルギー機関(IEA)が2025年4月に発表した画期的な報告書『Energy and AI』によれば、AIモデルのトレーニングと運用を支える重要インフラであるデータセンターの電力需要は、2025年に世界全体で前年比17%増という急激な成長を記録した。さらに注目すべきは、AI処理に特化したデータセンターからの電力消費が、それをはるかに上回る50%という驚異的なペースで急増している点である。
データセンターの電力消費の純増分を要素別に分解すると、AIの並列計算に不可欠なアクセラレーテッド・サーバー(GPU等の演算装置)が全体の約半分を占めており、従来の汎用サーバーは20%、冷却システムなどの付帯インフラが20%を占めている。
マクロな視点で見れば、データセンターの電力需要の成長は、2024年から2030年の間に見込まれる世界の電力需要の全体的な成長の10%未満にとどまると予測されている。電気自動車(EV)の普及や産業用機器の電化、空調設備の導入拡大といった他の要因こそが、絶対的な電力需要を押し上げる主因であることに変わりはない。
しかし、AIデータセンターの電力消費がもたらす真の脅威は、その「極端な地理的集中性」と「急速なスケールアップ」にある。電気自動車が広範な地域に分散して電力を消費するのに対し、データセンターは冷涼な気候、水資源の豊富さ、税制優遇、ファイバー網の結節点といった特定の地理的条件を満たす地域に、極度に集中する傾向がある。
たとえば、米国のバージニア州北部やアイルランドなどの主要なデータセンター市場では、ギガワット規模の電力を要求する施設が次々と立ち上がっており、これが地域的な送電網(グリッド)に深刻なボトルネックを生じさせている。この局所的な電力ひっ迫は、インフラの新規建設やグリッドの近代化投資を不可避なものとし、電力の安定供給と価格の妥当性(アフォーダビリティ)に対する政策的課題を浮き彫りにしているのだ。
一部の巨大テクノロジー企業は、逼迫する公共の送電網を迂回し、自社専用の発電施設(プライベート・パワー・ファウンドリ)を建設する動きすら見せている。エネルギーの公共性と民間によるインフラ独占の境界線が、いま揺らぎ始めているのである。
巨大モデルの環境フットプリント
AIの環境的代償は、計算資源の指数関数的な増加に伴い、もはや看過できないレベルに達している。生成AIの環境影響は、モデルのトレーニング(事前学習)段階と、ユーザーのクエリに応答する推論(デプロイメント)段階の双方において、膨大なフットプリントを残す。
2026年版の『AI Index Report』によれば、最先端の巨大モデルの一つである「Grok 4」のトレーニングに伴う二酸化炭素換算排出量は、約7万2816トンに達したと推定されている。これはガソリン車1万7000台が1年間に排出する温室効果ガスに匹敵する規模である。
さらに、個別のAIクエリレベルに細分化して評価した場合でも、1回のAIによる検索や推論は約4.3グラムのCO2を排出し、データセンターの冷却プロセスにおいて約10ミリリットルの淡水を消費していることが明らかになっている。
数字の概要を改めて整理しておけば、データセンター電力需要の成長率は2025年に全体で17%増、AI特化型施設では50%増を記録した。データセンターのグローバル容量は2024年の200ギガワットから、2030年には382ギガワットへ拡大すると予測されている。1回のAIクエリに伴う環境負荷はCO2排出量約4.3グラム、淡水消費量約10ミリリットル。Grok 4クラスの巨大モデルのトレーニング排出量は約7万2816トン、これは自動車1万7000台分の年間排出量に相当する。北米データセンターの2025年の年間水消費推定は、約1兆リットルに達した。
特に水資源(ウォーター・フットプリント)への影響は、気候変動による渇水が頻発する現代において深刻な摩擦を引き起こしている。北米に設置されたデータセンター群だけでも、2025年には約1兆リットルもの水資源を消費したと推定されている。
さらに、GPT-4oクラスの高度なAIモデルの推論を維持するために消費される水――サーバーの冷却や水力発電の稼働に利用される水――だけで、1200万人以上の人々の飲料水需要を上回る可能性があると指摘されている。
こうしたAIの計算量爆発は、大手テクノロジー企業が掲げる野心的なESG(環境・社会・ガバナンス)目標の達成を、根底から揺るがしている。GoogleやMicrosoftなどのハイパースケーラーは、2030年までのカーボンニュートラルやカーボンネガティブ、さらには使用量以上の水環境を回復させるウォーターポジティブといった目標を設定している。だが現実は厳しい。
Googleの2025年サステナビリティ・レポートにおいては、AI関連のエネルギー需要の急増により将来の排出軌道を描くことが困難になっており、2030年のネットゼロ目標を「極めて困難な気候へのムーンショット」と表現せざるを得ない状況に追い込まれている。同様にMicrosoftの最新の報告でも、AI事業の拡大等の要因により、2020年のベースラインから総排出量が約23%増加した事実が認められている。
効率化への苦闘
この環境負荷への批判に対し、テクノロジー企業と学術界は、ハードウェアおよびソフトウェアの両面からAIのエネルギー効率を向上させる技術開発を急いでいる。
学術研究においては、「D-CAIS」と呼ばれるフレームワークが提唱されており、これはAIのカーボンフットプリントを低減するための「内部サイクル(Internal cycle)」と「外部サイクル(External cycle)」から構成される。内部サイクルでは、軽量モデルの開発、低エネルギー・アルゴリズムの実装、そして専用プロセッサの最適化を通じて、AIシステム自体のエネルギー効率を直接的に改善する。一方の外部サイクルでは、AIの最適化能力を活用して、エネルギー産業や交通部門といった高排出産業の炭素削減を支援するアプローチを取る。
Googleは、AIシステムのエネルギーおよびカーボンフットプリントを削減するための4つの実践的アプローチを特定している。第一に、パラメータ数の少ない「スパースモデル(Sparse models)」を使用すること。第二に、汎用プロセッサではなく機械学習のトレーニングに特化して設計された専用プロセッサ(TPU等)を採用すること。第三に、ローカル環境よりも本質的にエネルギー効率が高いクラウドベースのデータセンターを活用すること。そして第四に、よりクリーンなエネルギー源を利用できる地域にクラウド拠点を動的に最適化することである。
データセンターの物理的インフラ設計におけるイノベーションも進行している。Microsoftは、次世代データセンターの設計において「ダイレクト・トゥ・チップ(Direct-to-chip)冷却技術」を導入し、施設あたり年間1億2500万リットル以上の水消費を削減している。また、従来のコンクリート中心の建設モデルと比較して、内包炭素(Embodied carbon)を最大65%削減できる木材と鉄骨のハイブリッド構造の導入を進めている。中国のAlibabaにおいても、AI駆動型の冷却制御システムを導入することでエネルギー使用量を20%以上削減することに成功している。
しかし投資家層からは依然として、これらハイレベルな企業の取り組みだけでは不十分であり、施設レベル(サイトレベル)での詳細な水・エネルギー使用量の開示と、地域コミュニティへの影響に関する透明性の確保を強く求める声が上がっている。
第二章 救済者にして破壊者 ― AIによる気候モデリングと核融合への希望
AIは膨大なリソースを消費する一方で、気候変動問題やエネルギーの枯渇を根本から解決するための、最も強力な科学的ツールとしての側面も持つ。この「ジェボンズのパラドックス(効率性が向上することで、逆により多くのリソースが消費される現象)」に似た二面性が、現代の技術政策を複雑にしている。
気象予測のパラダイムシフト
AIモデルは、地球科学や気候モデリングの分野において、従来のスーパーコンピュータに依存した物理学ベースのシミュレーションを覆す画期的なブレイクスルーを達成している。
2026年の『AI Index Report』によれば、2025年に初めて「Aardvark Weather」のようなAIシステムが、従来の数値予報パイプラインを完全に置き換える形で、エンドツーエンドの気象予報パイプラインを実行することに成功した。予測のスピードは劇的に向上しており、たとえば「FourCastNet 3」のような最新モデルは、60日間の全球気象予測をわずか4分未満で生成することが可能であり、これは従来のアプローチと比較して8倍から60倍の速度に達する。
米国海洋大気庁(NOAA)は、2025年12月に画期的なAI主導のグローバル気象予測モデルスイートを試験的に運用開始した。このスイートには、従来のシステムよりも計算資源を最大99.7%削減しつつ迅速に予報を提供する「AIGFS」、確率的な予報を提供するアンサンブルシステム「AIGEFS」、そしてAIと従来の物理ベースのモデルを組み合わせたハイブリッド型の「HGEFS」が含まれている。初期テストでは、このハイブリッドモデルがAI単体や物理モデル単体を上回るパフォーマンスを一貫して示している。
さらに、ワシントン大学の研究チームは、AIを活用して地球の現在の気候と経年変動の1000年分に及ぶシミュレーションを実施することに成功した。従来の最先端スーパーコンピュータを使用した場合、この規模のシミュレーションには約90日間を要するが、AIモデルは単一のプロセッサを使用してわずか12時間で予測を完了させた。このような長期かつ高解像度の気候モデリングは、100年に一度の極端な気象現象の発生確率を評価し、気候変動への適応戦略を策定する上で極めて重要な意味を持つ。
核融合という究極の解答
AIの演算能力を支えるための膨大なエネルギー需要を、最終的にどのように賄うのか。この問いに対する究極の解答として期待されているのが、核融合(Nuclear Fusion)エネルギーである。
核融合は、重水素や三重水素といった軽い元素を融合させてエネルギーを取り出すプロセスであり、化石燃料のような温室効果ガスを排出せず、既存の原子力発電(核分裂)のような高レベルで長寿命の放射性廃棄物やメルトダウンのリスクも存在しない。
国際原子力機関(IAEA)の『World Fusion Outlook 2025』における「加速された行動シナリオ(Accelerated Actions scenario)」――地球の気温上昇を1.5℃に安定させるための経路――によれば、核融合は再生可能エネルギーではカバーしきれないベースロード電源として、高密度で安定した(firm)無炭素電力を供給する可能性を秘めている。
しかし、核融合の実用化には、5000万度から1億度以上という太陽の中心核よりも高温の超高温プラズマを、強力な磁場を用いてドーナツ状の真空容器(トカマク)のなかに長時間安定して閉じ込めるという、極めて困難な工学的課題が存在する。ここでAIの高度な制御能力が決定的な役割を果たしている。
Googleの親会社であるAlphabet傘下のDeepMind社は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)などと共同で、深層強化学習(Deep Reinforcement Learning)を用いてトカマク内の磁気コイルをリアルタイムで操作し、プラズマの形状を安定的に制御するAIシステムの開発に成功した。
さらに米国エネルギー省(DOE)が後援するプリンストンプラズマ物理研究所(PPPL)のワークショップ報告書(2026年)は、核融合システム内の超高温プラズマの温度、密度、挙動を精密に測定・追跡するための高度な診断ツール(センサー)への投資が、商業用核融合発電所の開発を加速させるために不可欠であると強調している。
AI技術を開発するテクノロジー企業側も、将来の電力源として核融合に熱視線を送っている。Microsoftは、2023年の段階で核融合スタートアップ企業との間で、2028年までにデータセンター向けに50メガワットの電力を供給する契約を締結している。OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏もまた、中性子の発生を最小限に抑える「アニュートロニック(無中性子)核融合」を提唱する企業に巨額の出資を行っている。
AIの演算能力を支えるためのエネルギーを、AI自身が制御する核融合によって生み出すという循環システムの構築。これが長期的には、脱炭素とコンピューティングのジレンマを解く最大の鍵となるのである。
第三章 鉱物の呪い ― 資源争奪と新植民地主義のリスク
スーパーサイクルの到来
世界のAIエコシステムの物理的インフラストラクチャ――データセンター、半導体製造装置、そしてそれらを稼働させるグリーンエネルギー網――は、特定の天然資源、すなわち重要鉱物(クリティカル・ミネラル)の安定供給に完全に依存している。AI技術の急速な拡大に伴う資源消費の増大は、新たな「重要鉱物スーパーサイクル」を引き起こし、世界の権力関係と地政学的力学を根本から再構築している。
国際エネルギー機関(IEA)の『Global Critical Minerals Outlook 2025』は、クリーンエネルギー移行に不可欠な37種類の重要鉱物について、3つの主要なシナリオ――公表政策シナリオ(STEPS)、発表された誓約シナリオ(APS)、2050年ネットゼロ排出シナリオ(NZE)――に基づいた需要予測を提供している。
リチウム、ニッケル、コバルト、グラファイト(バッテリー技術用)、銅(電力網および再生可能エネルギー用)、希土類元素(レアアース。EVモーターや高度な磁石用)。これらの鉱物は、その採掘および精製能力が特定の国や地域に極度に集中しており、価格のボラティリティ、サプライチェーンのボトルネック、そして地政学的なリスクが恒常化している。
このサプライチェーンの脆弱性が経済に与える潜在的な影響は甚大である。米国地質調査所(USGS)が2025年に発表した報告書では、鉱物サプライチェーンの混乱リスクが米国経済に及ぼす影響を定量的に評価した。この分析では、価格の需要供給弾力性や産業連関表を用いた非線形最適化モデルを活用し、84の鉱物コモディティに関する1200以上の貿易途絶シナリオを検証している。
主要な数字を見ていこう。サマリウム(Samarium)については、誘導ミサイル・宇宙船製造、捜索・探知・航法機器など防衛産業への影響経路を通じ、米国GDPへの確率加重純減少額が約45億ドルと推定された。ロジウム(Rhodium)については、南アフリカからの供給途絶シナリオ(発生確率3.9%)で確率加重ベース約25億ドル、特定シナリオの単体被害額は最大640億ドルにのぼる。ニオブ(Niobium)はブラジルからの供給途絶シナリオ(発生確率3.7%)で、確率加重ベースの算定とは別に、生データでの減少額は104億ドルにのぼる。銀(Silver)は3600万ドル(Elevated Riskに分類)で、影響は幅広い電子部品、半導体、回路の材料に及ぶ。パラジウム(Palladium)は南アフリカ、ロシアからの供給依存を背景に約8500万ドルと算出された。
USGSの分析によれば、鉱物産業自体は2024年に米国経済に4兆ドル以上の貢献をしており、そのサプライチェーンの寸断は致命的である。たとえばサマリウムの供給が途絶した場合、誘導ミサイルやナビゲーション機器などの防衛・先端産業を直撃し、確率加重ベースで約45億ドルのGDP損失をもたらすと算出されている。またロジウムの供給が南アフリカから途絶した場合、事象の発生確率は3.9%と低いものの、実際に発生した際の潜在的なGDP減少額は640億ドルを超えると推計される。
こうした「単一障害点(Single Point of Failure: SPOF)」の存在は、AI技術の覇権を維持する上で致命的なアキレス腱となる。この定量評価に基づき、USGSは新たにカリウム、シリコン、銅、銀、レニウム、鉛の6鉱物を「クリティカルミネラル・リスト(LCM)」に追加することを推奨した。
アフリカに投影される搾取
重要鉱物の偏在は、グローバルサウス、とりわけアフリカ大陸において特異なパラドックスを生み出している。
アフリカは、コバルト、マンガン、レアアースなど、AIインフラやバッテリー技術に不可欠な鉱物の莫大な埋蔵量を誇っている。しかしながら、その豊富な地下資源とは裏腹に、アフリカ諸国の多くは慢性的な電力不足、脆弱な送電網、低いインターネット普及率、そして極端に制限された計算(コンピュート)能力という構造的赤字に直面している。
この非対称性は、新たな形態の「抽出型資本主義(Extractive Capitalism)」と「デジタル新植民地主義」のリスクを浮き彫りにしている。意図的なインフラ投資、地域内の統合、そして産業の高度化が進まなければ、アフリカは単なる「未加工の原材料の供給地」に留まり続ける。その結果、自国で採掘された鉱物を用いて他国で構築されたデジタルインフラやクラウドサービス、さらにはAIモデルが生成する「輸入された知能(Imported Intelligence)」を、莫大なコストを払って海外のテクノロジー企業に依存し続ける構造が固定化されるのである。
さらに深刻な問題として、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の2025年の報告によれば、重要鉱物の需要急増と生産・精製能力の地理的集中――たとえばリチウムやレアアースの精製能力における中国の圧倒的な支配など――は、犯罪組織によるサプライチェーンへの浸透を招いている。不法採掘や密輸といった犯罪行為は、環境破壊を引き起こすだけでなく、資源の恩恵が地域社会に還元されるのを妨げ、現地のガバナンスを弱体化させる一因となっている。
OECDなどが推奨する「責任ある鉱物サプライチェーン(RBC)」の基準適用や、米国等の「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」を通じた供給源の多角化が図られている。だが採掘国における高付加価値化と経済発展を伴わない限り、真のレジリエンスは確保できない。
真の「AI主権(AI Sovereignty)」を確立するためには、単に自国でAIモデルを開発するだけでなく、必要な鉱物の採掘から半導体の製造、データセンターへの電力供給、そして生成されるデータフローの管理に至るまでの「フルスタック」でのガバナンス能力が問われている。それが、いま我々が直面している現実なのだ。
第四章 二つの帝国 ― 米中AI開発競争の非対称性
資本のスケールアップと制約のなかの効率化
AIの技術的、軍事的、そして経済的優位性をめぐる米国と中国の競争は、現代の地政学における中心的な軸である。両国はAI開発において全く異なる戦略的アプローチをとっており、その違いは各々が直面するリソースと制約に起因している。
米国の戦略は、圧倒的なコンピューティングパワー(Compute)と莫大な資本の投下に基づく、「汎用人工知能(AGI)に向けた直線的な競争」である。
2026年の米議会公聴会における専門家の証言データによれば、Alphabet、Amazon、Meta、Microsoftといった米国の巨大なクラウド事業者(ハイパースケーラー)は、単年(2026年)で計6500億ドルのAI資本的支出を計画している。米国のデータセンターはギガワット規模の電力容量に達し、数十万個の最新AIアクセラレータ(GPU等)をデプロイしており、数学的推論やコード生成などの主要なベンチマークにおいて、米国のフロンティアモデルが明確なリードを保っている。
対照的に、中国のAI企業は、計算資源へのアクセスにおいて構造的な制約を抱えている。米国主導による最先端AIチップ(Nvidia製の高度なGPUなど)の輸出規制と、相対的に限られた資本リソースが重くのしかかっているのだ。比較として、MicrosoftがAIインフラに約800億ドルを投じる計画であるのに対し、中国最大のAI企業の一つであるAlibabaの投資計画は3年間で530億ドルにとどまる。
さらに、中国が国家の威信をかけて推進してきた産業政策「中国製造2025(Made in China 2025)」の評価においても、半導体の国産化目標(2020年までに国内市場シェア50%)に対して、実際には16.6%の自給率にとどまるなど、高度なサプライチェーンの完全なローカライズには至っていない。
『2026 AI Index Report』によれば、2025年の米国のAIへの民間投資額は2859億ドルに達し、中国の投資額を23倍上回っている。しかし中国政府は「政府系ファンド(Guidance funds)」を通じて2000年から2023年の間に推定1840億ドルをAI企業に注入しており、民間の数字だけでは中国の真の競争力を見誤る可能性がある。
両国のアプローチを整理すれば、米国は2025年の民間投資額が2859億ドルと圧倒的な民間資本を擁し、巨大ハイパースケーラーの存在を背景に、計算量のスケールアップによる汎用人工知能(AGI)の追求と超高精度な巨大モデルの開発に焦点を絞っている。ビジネスモデルはクローズド・プロプライエタリ(有償API提供中心)であり、高い収益性を確保することを重視する。クラウドサービスや論理推論・コーディング機能の強化が、その主要な応用分野である。
これに対して中国は、政府系ファンドによる強力な支援と、製造サプライチェーンとの統合を強みとする。技術的焦点はアルゴリズムの効率化(MoE、INT4/INT8量子化、モデル蒸留技術)、すなわち少ない計算量での最適化に置かれている。普及モデルはオープンソース(オープンウェイト)戦略であり、世界的なエコシステムの獲得を狙う。応用は製造業への物理的統合、自動運転(EV)、人型ロボット(Embodied AI)に向かう。
効率、オープンソース、物理世界への侵食
高度な半導体へのアクセスが制限されているという事実こそが、中国に米国とは異なる独自のイノベーションの方向性を歩ませる決定的な要因となっている。中国のAI研究機関と政策立案者は、モデルの「効率性(Efficiency)」、「普及・採用(Adoption)」、そして「物理世界への統合(Physical Integration)」という複数の異なるレースを、同時並行で展開しているのだ。
第一に「効率性」の極限的な追求である。限られた計算メモリと演算能力を補うため、中国のAIラボはアルゴリズムとエンジニアリングの革新に注力している。MoE(Mixture-of-Experts:専門家混合)アーキテクチャの活用や、「DeepSeek Sparse Attention」のような新たなアテンション機構により、推論時の計算負荷を劇的に低減させている。さらにINT8やINT4といった低精度の量子化(Quantization)技術を駆使し、巨大なデータセンターだけでなく、パーソナルデバイス上でもネイティブに動作するAIモデルの開発を進めている。米国の最先端モデルの出力結果を利用して自国のモデルを学習させる「蒸留(Distillation)」技術も、広範に利用されている。
第二に、オープンソースを通じたグローバル・エコシステムの支配である。米国のトップ企業がモデルをクローズドにし、API経由で課金するビジネスモデルを重視するなか、中国はモデルの「オープンウェイト」を無償公開する戦略を採っている。これにより、Alibabaの「Qwen」シリーズなどはAI開発プラットフォームであるHugging Face等において、Metaの「Llama」を凌ぐダウンロード数と人気を獲得している。日本からアフリカに至る世界中の開発者が、低コストかつ高性能な中国のオープンソース基盤を利用してアプリケーションを構築しており、米国のシリコンバレー内でさえ、Airbnbのような企業がカスタマーサービスエージェントに「安価で高速な」中国製モデルを採用する事態が起きている。
第三に、「AI Plus(AI+)」構想に基づく物理世界への統合(Embodied AI)である。中国政府は2025年に国務院方針として「人工知能+(AI Plus)」イニシアチブを発表し、2027年までに新世代のスマート端末やインテリジェント・エージェントの普及率を70%以上に引き上げる目標を掲げた。米国がソフトウェア領域でリードする一方、中国は世界最大の製造業のサプライチェーンにAIを直接組み込んでいる。自動運転車(NIOやBYDなど)の普及、自律型ドローンによる都市配送、さらには人型ロボットの大量生産において、Unitree社がすでに年間5000台以上のヒューマノイドを製造するなど、物理的な実装速度において圧倒的な優位性を築こうとしている。
このような米中対立は、データ主権に関する政策を世界的に先鋭化させている。データローカライゼーション(データを国内に留める規制)の動きは、東アジアや太平洋地域で77件、サブサハラ・アフリカで71件導入されるなど急増しており、わずか3件にとどまる北米とは対照的である。米国の連邦議会においてもAIに関する公聴会の証人数が2017年から2026年にかけて20倍に増加し、そのなかで産業界の代表が占める割合が37%に急増(学術界は15%に縮小)するなど、AI政策が国家安全保障と産業競争力の観点から極めて政治的に扱われるようになっている。
第五章 脅威の乗数 ― 気候が点火する紛争
人工知能が国家間の地政学的競争を激化させる一方で、気候変動は既存の社会的・経済的亀裂を増幅させる「脅威の乗数(Threat Multiplier)」として、地球規模での武力紛争の構造的要因を形成している。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)とノルウェー国際問題研究所(NUPI)の包括的な共同研究は、気候変動が国連安全保障理事会の議題に上るような脆弱国家(Fragile States)において、いかにして平和と安全保障を脅かしているかを分析し、主に4つの相互に関連する経路(Pathway)を特定している。
生計の悪化、移住、武装集団、そして搾取
第一の経路は、生計の悪化(Livelihood Deterioration)である。気候変動は、人々の生存基盤を直接的に破壊する。イラクでは、極端な気温上昇と予測不可能な降水パターンにより、農民が農業で生計を立てることが著しく困難になっている。同様にソマリアでは、2021年から2023年にかけて観測史上最悪の干ばつに見舞われ、農業や牧畜が崩壊した。生計の喪失は人間の安全保障を根底から揺るがし、政府に対する不満や暴動、暴力のリスクを増大させる、直接的な引き金となるのだ。
第二の経路は、移住と強制的な移動(Migration and Mobility)である。伝統的な生計手段が成立しなくなった結果、大規模な国内避難民や気候難民が発生する。イラクの事例では、農業を放棄した人々がバスラのような都市部に仕事を求めて大量に流入している。このような気候誘発性の人口移動は、受け入れ側のコミュニティに対して水、土地、住宅、雇用などの資源を巡る新たな圧力を生み出し、コミュニティ間の摩擦や紛争へと発展する。
第三の経路は、軍事組織や武装集団の行動変化(Military and Armed Actors)である。気候危機は、武装集団の戦術や資金源にも影響を与える。アフガニスタンにおいては、長年にわたる紛争で灌漑システムが破壊された上に気候変動による干ばつが重なり、通常の農作物の栽培が困難になった。その結果、生計を立てるために農民がケシ栽培に追い込まれ、そのアヘン取引が武装集団や犯罪ネットワークの強力な資金源として機能している。イエメンにおいても、極端な気象現象が農業インフラを破壊するなか、武装集団が水資源や環境インフラを戦略的に標的とし、地域住民を従属させる手段として利用している。
第四の経路は、政治的・経済的搾取と管理不行き届き(Political and Economic Exploitation and Mismanagement)である。資源の希少化は、権力を持つエリート層による搾取の対象となる。南スーダンの事例では、長引く干ばつで家畜が激減するなか、強力なエリート層が自らの牛群を拡大するために「牛泥棒(Cattle raiding)」を助長しており、これが弱小農家を市場から排除し、部族間の衝突を激化させている。脆弱なガバナンスと腐敗が、気候変動による被害を意図的に特定のグループへ押し付ける結果を生んでいるのである。
SIPRIのケーススタディが示す各国の状況を見ておこう。コンゴ民主共和国(DRC)では、環境悪化に加え、グリーンエネルギー転換に必要な重要鉱物の採掘競争が、水・土地資源を巡る共同体間紛争を深化させている。ソマリアでは、2021年から2023年の最悪の干ばつによる農業崩壊、大規模な避難民の発生、飢饉の脅威、およびそれに伴う資源競争が起きている。イエメンでは、異常気象による灌漑・農業インフラの破壊、武装集団による水資源の支配、紛争による非公式な紛争解決メカニズムの弱体化が進む。イラクでは、気温・降水の変動による農業の衰退と、バスラ等都市部への急激な人口流入が観察され、天然資源依存と低い適応能力が政情不安と連動している。アフガニスタンでは、極端な気象と気温上昇、干ばつによる農業被害がケシ栽培への依存を深め、武装集団の資金源(アヘン貿易)を拡大させた。
これらの複合的な課題に対処するためには、環境管理、平和構築、そして社会経済開発を統合したアプローチが不可欠である。SIPRIの報告書は、地元の中小企業から多国籍企業に至るまで、ビジネスセクターが平和志向の投資(Peace-positive investment)や気候回復力(Climate resilience)の構築において果たす役割が重要であることを指摘しているが、政情不安やガバナンスの欠如といった投資リスクをどう軽減するかが、課題として残されている。
第六章 アルゴリズムの戦場 ― 自律兵器とハイブリッド戦争
暴力のエスカレーションと自律型致死兵器
気候変動による構造的な脆弱性と、大国間の地政学的な緊張を背景に、世界的な暴力のレベルは最悪の数値を更新し続けている。
ACLED(武装紛争場所・事件データプロジェクト)の2024-2025年の観測データによれば、過去12ヶ月間で世界では保守的な見積もりでも24万人以上が武力紛争により死亡し、前年比で約23%の増加を記録した。
主要紛争地域の2026年推計値を確認しておく。ウクライナでは予測される戦闘死者数が約2万8300人にのぼり、ロシアの侵攻継続を背景に2024年に平均月間戦闘数が63%増加した。パレスチナ/イスラエルは約7700人で、ガザ地区における戦闘継続とインフラの破壊が続いている。スーダンは約4300人で、内戦による国家機能の崩壊と気候変動による資源不足の激化が同時進行している。ミャンマーも高水準の継続が見られ、反体制派と軍事政権の武力衝突が激化している。
『Global Peace Index 2025』によれば、世界で最も暴力的影響を受けている上位10カ国において、暴力に伴う経済的コストは対GDP比で平均27.8%という破滅的な水準に達している。ウクライナにおける月間戦闘数は2023年と比較して63%増加しており、イスラエルとイランの間でも直接的な軍事介入を伴う衝突が発生するなど、国家間紛争のエスカレーションが止まらない。
このような現代の戦場において、AIの軍事利用は戦争の性質を根本から変容させている。
ウクライナやガザの戦場では、AIを活用した自律型兵器システム(AWS)やターゲット選定アルゴリズムの導入が確認されており、軍事行動における「人間の介在(Human-in-the-loop)」が徐々に排除されつつある。米国防総省が推進する「レプリケーター(Replicator)」プログラムは、AIを搭載した無人システムの「スウォーム(群れ)」を数千規模で自律的かつ協調的に稼働させることを目指しており、戦場から人間を遠ざけつつ破壊力を高めるパラダイムシフトを引き起こしている。
さらに憂慮すべきは、標的の選定プロセスにおけるアルゴリズムへの過度な依存である。イランに対する軍事行動などのケースにおいて、AIシステム(Claudeなど)がわずか24時間の間に数千の標的候補を提示し、それぞれのGPS座標、推奨兵器、さらには「自動化された法的正当性」までも瞬時に生成した事例が報告されている。このような事態は、軍事行動のスピードを人間の倫理的判断や法的な比例原則の評価能力の限界を超えて加速させる。
AIモデルを開発するAnthropic社が、完全な自律型兵器への技術提供を拒否した結果として2025年発足のトランプ政権からブラックリスト化された事件は、倫理的境界線を守ろうとするテクノロジー企業と、技術的優位性を追求する国家の軍事的要請との間に生じる、決定的な亀裂を象徴している。
サイバーと物理が交差する戦線
物理的な武力紛争は、いまやサイバー空間を通じた攻撃や偽情報の拡散といった「ハイブリッド戦争」と完全に連動している。
Swisscomの『Cybersecurity Threat Radar 2026』は、地政学的リスクとAIの収束により、企業や国家のサイバー防衛戦略が根本的な見直しを迫られていると警告している。実際に、従業員10万人以上の組織の91%が、地政学的なボラティリティに対応するためにサイバーセキュリティ戦略を変更している。
AIはサイバー脅威の「リスク乗数(Risk Multiplier)」として機能している。ソフトウェア・サプライチェーンの脆弱なコンポーネントを狙った自動化された攻撃や、許可されていない「シャドーAI」の無秩序な利用は、攻撃の表面積を劇的に拡大させている。また、教育セクターに対するサイバー攻撃が2024年から2025年にかけて63%増加したように、社会インフラの脆弱な部分が集中的に狙われている。
さらに深刻なのは、サイバー空間と物理インフラ(OT:運用技術)の境界線が曖昧になっている点である。エネルギー網や海底ケーブルへの攻撃は、その最たる例だ。
2023年以降、バルト海地域では少なくとも11本の海底ケーブルが損傷し、2024年11月から2025年1月にかけて被害が集中した。フィンランドとエストニアを結ぶ「Estlink 2」電力ケーブルの切断では、修理に7ヶ月以上と7000万ドルのコストを要し、代替ルートへのトラフィック移行によりインターネットの遅延(レイテンシ)が20〜30%悪化するという事態を引き起こした。このようなインフラ破壊は、単一の障害が経済的混乱と地政学的危機を連鎖的に引き起こす、現代の脆弱性を示している。
また、2024年から2025年にかけて、米国、欧州、インド、バングラデシュ、パキスタンなど世界人口の半数が参加した「スーパー選挙イヤー」においては、AIによって生成されたディープフェイク動画や音声を用いた偽情報(Disinformation)が大量に拡散された。選挙結果を完全に覆すほどの「AIポカリプス(AI-pocalypse)」には至らなかったものの、AIを用いた認知領域への攻撃(Cognitive warfare)は、民主主義の基盤である情報の信頼性を構造的に棄損するレベルにまで達している。
第七章 ガバナンスの遅れ ― 公益としてのAIは可能か
「安全」から「投資」へ ― パラダイムの転換
AI、エネルギー制約、そして地政学的な紛争という複合的な脅威に対処するため、国際社会は新たなグローバル・ガバナンスの構築を模索している。
国連主導の「グローバル・デジタル・コンパクト(GDC)」は、AIの国際的ガバナンスとデジタル格差の是正に向けた包括的な枠組みであり、国連内に地理的バランスに配慮した「AIに関する独立した国際科学パネル」および「AIガバナンスに関するグローバル対話」を設立することで合意した。GDCの目的は、途上国におけるAIのキャパシティ・ビルディングを支援し、システムへの相互運用性を高め、人権を保護する安全なデジタル空間を構築することにある。
しかしながら、現実のガバナンスの重心は、国家間の熾烈な技術競争を背景に、「安全性とリスク管理」から「国家の競争力と経済的機会(投資)」へと急速にシフトしている。
この転換を決定づけたのが、2025年2月にフランスのパリで開催された「AIアクション・サミット(AI Action Summit)」である。2023年の英国・ブレッチリーパークでのサミットが主にAIの安全性と実存的リスクに焦点を当てていたのに対し、パリのサミットは「行動(Action)」、すなわちAIの社会実装と投資に明確に舵を切った。
マクロン仏大統領はAIを「リスク」ではなく「機会」として位置づけ、世界100カ国以上から1000人以上の関係者を集め、結果として今後数年間で1090億ユーロ(約1090億ドル)を超える投資コミットメントを引き出すことに成功した。この会議では、公益目的のAI開発に向けた4億ドル規模のファンド「Current AI」の立ち上げや、AIの環境負荷軽減を目的とする91のパートナーからなる環境サステナビリティ・コアリションの結成などが発表された。
この動きの背景には、米国の巨大テック企業に対する法規制だけでなく自国のAI産業を育成しようとする欧州の「AI野心」と、中国から登場した低コスト・高性能なAIモデル(DeepSeekなど)に対する地政学的な危機感が存在すると、専門家は分析している。
専門家と大衆 ― 信頼の地理学
技術の進展と政策がトップダウンで進む一方で、社会の受容性には強い不安と認識のギャップが存在する。
『2026 AI Index Report』の世論調査データによれば、世界的にAI製品にメリットを感じる層は前年から上昇して59%となったものの、同時にAIに対して神経を尖らせている層も52%に増加している。インドなどでは不安を感じる層が14ポイント急増している。
特に注目すべきは、AIの将来的な影響に関して、AI専門家と一般大衆との間に極めて大きな見解の相違が存在する点である。雇用への影響について、専門家の73%がポジティブな影響を予想しているのに対し、一般大衆でそう考えているのはわずか23%にすぎない――実に50ポイントのギャップがある。経済全般についても、専門家(69%)と大衆(21%)の間に同様の乖離が見られる。米国の回答者の64%が「今後20年間でAIによって仕事が減る」と予想しており、社会的な不安は根強い。
また、AI規制に対する各国の政府への信頼度も大きく異なる。米国は自国政府がAIを責任を持って規制できると信じる割合が31%と、調査対象国中で最低であり、連邦政府の規制が「不十分になる」と懸念する声が多数を占めている。対照的に、シンガポール(81%)やインドネシア(76%)などの東南アジア諸国では高い信頼が寄せられている。グローバルな視点では、米国(37%)や中国(27%)よりも欧州連合(EU、53%)の規制能力に対する信頼が高いことが示されている。
市民と専門家が参加したThe Future Societyのコンサルテーション(12万以上の投票)が示したように、社会はAIの潜在能力を引き出すことには賛成している。だがそれは、「建設的な警戒心(Constructive vigilance)」に基づくものでなければならないのである。
おわりに ― 物理世界とデジタル世界を貫くガバナンスへ
人工知能(AI)は、もはや無形のソフトウェアコードの集合体ではなく、膨大な電力、水資源、そして重要鉱物を貪欲に消費する「物理的インフラ」へと変貌を遂げた。
AIのもたらす演算能力のブレイクスルーは、長期的な気候モデリングの高度化や、次世代のクリーンエネルギーである核融合の制御を可能にし、人類が直面する環境危機を解決する最大の切り札となる可能性を秘めている。しかし短期的には、その指数関数的な計算需要が既存のエネルギー供給網を限界まで圧迫し、ハイパースケーラーが掲げる脱炭素や水資源保護の目標を、極めて困難なものにしている。
さらに、AIを駆動するハードウェアの基盤となる重要鉱物のサプライチェーンは、大国間の地政学的な対立と経済安全保障の最前線となっている。米国が圧倒的な資本力によって汎用人工知能への道をスケールアップしようとするなか、中国は半導体の輸出規制という制約を逆手にとり、アルゴリズムの効率化、オープンソースを通じたグローバル・エコシステムの獲得、そして物理空間(製造業・ロボティクス)へのAI統合へと、戦略をシフトさせている。
この技術競争は、アフリカなどの資源保有国における新たな抽出型資本主義のリスクを高めるとともに、気候変動による環境ストレスと結びつくことで、脆弱国家における武力紛争や資源争奪を激化させる「脅威の乗数」として作用している。
そして戦場においては、自律型致死兵器システム(LAWS)やAIによる標的選定アルゴリズムの導入が進み、人間の倫理的判断や統制が及ばない速度での暴力のエスカレーションが危惧されている。これにハイブリッド戦争やディープフェイクによるサイバー・認知領域への攻撃が加わり、国家および社会のレジリエンスは、未曾有の試練に直面しているのだ。
国連のグローバル・デジタル・コンパクトやパリのAIアクション・サミットに見られるように、多国間の協調体制や新たな投資の枠組みが模索されている。しかし、各国の「AI主権」と技術的覇権を優先する地政学的な論理が優勢である以上、実効性のあるルールの形成は、極めて困難な道のりとなる。
AI技術が一部の大国やテクノロジー企業による独占的利益にとどまらず、気候危機を克服し、人類社会全体の平和と安定に寄与する真の「公益(Public Good)」となるためには、先進国とグローバルサウス間のインフラおよびガバナンス格差を是正し、資源採掘からエネルギー消費、さらには兵器化の制限に至るまで、物理空間とデジタル空間の双方を不可分なものとして捉えるホリスティック(包括的)なガバナンス体制の構築が急務である。
専門家と一般社会の間に横たわる認識のギャップを埋め、「建設的な警戒心」を伴う政策立案を進めること。それこそが、複合的危機を乗り越えるための、ただ一つの道なのである。