10月29日の「世界脳卒中デー」に合わせ、創薬ベンチャーの株式会社ティムスが同日、プレス向け事業説明会を開催しました。説明会では、同社が独自に実施した「脳梗塞に関する意識調査」の結果とともに、現在開発中の脳梗塞治療薬候補「TMS-007」の概要と今後の展望が語られました。
脳梗塞治療の深刻な現状と「既存薬の壁」
脳卒中とは、脳の血管が詰まったり破れたりすることで脳細胞がダメージを受ける病気の総称。中でも血管が詰まる「脳梗塞」は脳卒中の約7割を占め、世界の死亡原因第2位、日本では第4位という深刻な疾患となっています。世界では毎年約763万人が脳梗塞を発症し、329万人がその影響で命を落としているのが現状です。
治療により一命をとりとめても、片麻痺や言語障害などの重い後遺症が残ることが多く、患者本人だけでなく家族や社会にも大きな負担となる点も見落とせません。
登壇したティムスの若林拓朗社長は、同社が実施した「脳梗塞に関する意識調査」に言及。調査では28.1%が脳梗塞を「死亡につながる可能性が低い」と認識しており、その危険性が著しく過小評価されている現状を指摘。
さらに若林氏は、脳梗塞治療の現状について、先進国で承認されている唯一の標準治療薬「t-PA」が抱える課題を挙げます。t-PAは強力な血栓溶解薬ですが、以下の大きな制約があります。
時間の壁: 発症後4.5時間以内に投与しなければならない。
安全性の課題: 脳出血のリスクを伴う。
その結果、t-PAの恩恵を受けられる患者は全体の10%未満に過ぎないのが現実です。この大きな「アンメット・メディカル・ニーズ(未だ満されていない医療ニーズ)」に応えるべく、ティムスは次世代の治療薬「TMS-007」の開発を進めています。
投与時間24時間を目指す「TMS-007」の革新性
「TMS-007」の発見者である蓮見惠司会長(東京農工大学特任教授)は、その画期的な作用機序を解説しました。黒カビの一種が作る天然の化合物から発見されたTMS-007は、従来の治療薬とは全く異なる2つの作用を併せ持つ点が最大の特徴です。
血栓溶解作用: 体に元々備わっている血栓を溶かす仕組み(プラスミノーゲン)を穏やかに活性化させ、血流を再開させる。
抗炎症作用(虚血再灌流障害抑制作用): 血流が再開した際に生じる炎症や酸化ストレスといった脳細胞への二次的なダメージを抑制する。
蓮見氏によれば、この2つの作用により、既存薬の副作用である脳出血のリスクを抑えながら治療効果を高めることが期待できます。この作用機序こそが、投与可能時間の大幅な延長(発症後24時間以内を目指す)を可能にする鍵であるとされています。
この可能性は、日本で行われた前期第2相臨床試験で示されました。t-PAの適応外となる発症後4.5時間~12時間の患者を対象とした試験において、以下の有望な結果が得られています。
有効性: TMS-007投与群では、プラセボ(偽薬)群に比べ、後遺症がほとんどない状態まで回復した割合が有意に高かった(オッズ比3.34)。
安全性: 最も懸念される重篤な頭蓋内出血は、TMS-007投与群では1例も発生しなかった。
臨床現場の専門家も期待―「パラダイムシフト」の可能性
説明会後半のトークセッションには、脳卒中治療の第一人者である須田智教授(日本医科大学 大学院医学研究科)も登壇しました。
須田教授は、脳梗塞の後遺症について「亡くなる方は減ったが、後遺症なく社会復帰できる方はまだまだ少ないのが現状」と指摘。その上で、TMS-007が投与時間を24時間に延長できる可能性について、以下のように期待を寄せました。
「(医療に与える)インパクトは絶大です。現状の4.5時間は、病院到着後の検査時間を考えると実質3.5時間以内に来院頂く必要があります。これが24時間に延びるなら、治療を受けられる患者さんの数が劇的に増えるでしょう。まさに脳梗塞治療のパラダイムシフトが起きる可能性があります」
今後の展望と予防の重要性
「TMS-007」は現在、発症後24時間以内の患者を対象としたグローバル第2相・第3相臨床試験「ORION」が進行中です。実用化されれば、これまで遠方に住んでいて医療機関へのアクセスが困難だった患者や、発症から発見が遅れた場合でも治療が可能になるため、今後の動向が注目されます。
一方で、須田教授は脳梗塞を予防する重要性も強調。まずは「検診」で血圧、コレステロール、糖尿病などのリスク因子を把握・管理し、生活習慣の改善を心がけることが最も重要であると述べました。また、脳卒中を疑う初期症状の合い言葉として「BE-FAST」(バランス、目、顔面、腕、言語障害、時間)を紹介し、速やかな受診を呼びかけました。
ティムスが開発するTMS-007は、脳梗塞治療が抱える大きな課題を解決し、より多くの患者を救う未来を切り拓く可能性を秘めており、現在進行中のグローバル試験の結果に世界中から大きな期待が寄せられています。