InstagramやTikTokへの投稿前、自分の顔写真を少しでも良く見せようとフィルターをかけたり、目を大きくしたりする「自撮り加工(盛り)」。今やスマートフォンを持つ世代にとって、世界共通の文化とも言えます。
しかし、その「加工の強さ」が、その人が住んでいる地域の「経済的な豊かさ」と関連しているかもしれない――。そんな衝撃的な可能性が、中国の人気SNSを分析した大規模な研究によって示されました。
理想の顔は、国境を超える「ベビースキーマ」
この研究は、中国の若い女性に人気のSNS「Rednote(小紅書)」に投稿された、約43,000件もの「加工前 vs 加工後」の比較画像を分析するという、非常に大規模なものです。
研究チームが、顔認識技術を使って「どこが」「どれくらい」変更されたかを定量的に分析したところ、加工のトレンドは非常に一貫していました。
目は、より大きく、より丸く。
鼻と口は、より小さく。
顔の輪郭は、より狭く、より短く(小顔に)。
肌は、より明るく、白く、滑らかに。
研究者らによると、これらの特徴は、進化生物学でいう「ベビースキーマ(幼児的特徴)」と完全に一致します。高い額、大きな目、小さな鼻といった赤ちゃんのような特徴は、私たちに「かわいい」「親しみやすい」「守ってあげたい」というポジティブな感情を抱かせることが知られています。
SNS上の「美の基準」は、この「赤ちゃん顔」に強く誘導されていることが、データによって裏付けられました。
衝撃の発見:経済的に豊かでない地域ほど「盛り」が強かった
しかし、この研究の最も衝撃的な発見は、ここからです。
研究チームが、投稿の地理的位置情報と、各省の「一人当たりGDP(経済的豊かさの指標)」の公的統計を照合したところ、明確な相関関係が浮かび上がりました。
一人当たりGDPが低い(経済的に豊かでない)地域のユーザーほど、「盛り」の度合いが顕著に強かったのです。目をより劇的に大きくし、顔をより丸くするといった、「赤ちゃん顔」の特徴を、より強く強調する傾向が見られました。
対照的に、経済的に豊かな地域のユーザーは、加工が比較的「控えめ」でした。
なぜ経済格差が「加工の強さ」に影響するのか?
この現象について、研究チームは2つの仮説を提示しています。
仮説① 豊かでない地域の戦略:「かわいさは社会資本」 社会的な流動性(=現状から抜け出し、より良くなりたいという欲求)への関心がより高い環境では、まず「無害で、信頼でき、親しみやすい」という万人受けする“かわいらしさ”が、人間関係を築く上で有利に働く「ソーシャル・キャピタル(社会的な武器)」として機能するのではないか、という考察です。
仮説② 豊かな地域の戦略:「個性と成熟」 一方、経済的に豊かな地域では、多様な価値観やグローバルな文化に触れる機会が多いため、画一的な「かわいさ」よりも、「個性」や「成熟した美しさ」(自信や自立の表れ)が評価される傾向があるのではないか、と推測しています。
あなたの「美の基準」も、社会に作られている?
もちろん、この研究は中国の一つのSNSを対象としたものであり、「地域GDP」が個人の豊かさを直接示すものでもありません。
しかし、私たちが「美しくなりたい」と行う「自撮り加工」という個人的な行為が、実は自分が置かれた社会経済的な環境によって、無意識のうちに強く方向付けられている可能性を示した、非常に興味深い研究です。
私たちが「美しい」と感じる基準もまた、社会や経済と無関係ではないのかもしれません。