ストーカー行為は、心に深い傷を残す卑劣な犯罪です。しかし、その影響は精神的なものにとどまらず、何年も経ってから、被害者の身体的な健康、特に心臓に深刻な影響を及ぼす可能性がある――。そんな衝撃的な事実が、ハーバード大学公衆衛生大学院などの研究チームによって明らかにされました。
この研究は、ストーカー被害が単なる「つきまとい」ではなく、命に関わる病気のリスクを高める、身体的な暴力に等しい影響を持つことを示唆しています。
6万人以上の女性を追跡、明らかになった健康リスク
学術誌『Circulation』に掲載されたこの研究は、2001年から続く大規模な健康調査に参加した、6万6000人以上の女性のデータを長期的に追跡したものです。
研究チームは、ストーカー被害の経験や、加害者に対する接近禁止命令の取得経験の有無によって、その後の心疾患(心臓病)の発症率がどう変わるかを分析しました。その結果は、以下の通りです。
ストーカー被害の経験がある女性は、ない女性に比べて、心疾患を発症するリスクが41%高かった。
接近禁止命令を取得した経験がある女性は、リスクが70%高かった。
ストーカー被害と接近禁止命令の両方を経験した女性では、そのリスクは最も高く、経験のない女性の2倍に達していた。
これらの結果は、被害の深刻さが、将来の健康リスクに直接的に反映されていることを示しています。
なぜ?「安全でない」という感覚が、体を蝕む仕組み
では、なぜ精神的なトラウマであるはずのストーカー被害が、心臓という身体的な病に繋がるのでしょうか。
専門家はそのメカニズムを、「慢性的な心理的ストレス」にあると説明します。
ストーカー被害者は、常に脅かされ、いつ危害を加えられるか分からないという極度の緊張状態に置かれます。これにより、体は常に危険に備える「闘争・逃走反応」のスイッチがオンになったままになります。
この状態が続くと、心拍数や血圧の異常、ホルモンバランスの乱れなどが慢性化し、長い時間をかけて心臓や血管にダメージを蓄積させていくのです。
専門家は、「被害者は、つらい経験を何度も心の中で追体験してしまうため、ストレス反応が長く続いてしまう」とも指摘しています。
専門家が語る、社会的サポートの重要性
しかし、希望もあります。この研究に関わった専門家は、「ソーシャルサポート(社会的支援)が、ストレスの影響を和らげる可能性がある」と強調します。
信頼できる家族や友人、地域の人々、あるいは専門家(カウンセラーなど)に、つらい経験について話すこと。一人で抱え込まず、誰かに頼ることが、心の傷を癒すだけでなく、将来の身体的な健康を守ることにも繋がるのです。
DV(家庭内暴力)の被害者が心疾患のリスクを高めることは以前から知られていましたが、今回の研究は、直接的な身体的暴力だけでなく、「安全でない」と感じ続けること自体が、どれほど心身を蝕むかを改めて明らかにしました。
研究を主導したレベッカ・ローン氏は、「ストーカー行為は、物理的な接触がないからといって、決して軽視されるべきではありません」と訴えます。
今回の研究は、ストーカーが単なる迷惑行為ではなく、人の命を脅かす病のリスクを高める、深刻な暴力であることを科学的に示しました。
このような犯罪を社会から根絶する努力と共に、被害に遭った人々が安心して頼れる、長期的で手厚いサポート体制を築くことの重要性が、今改めて問われています。