「辛いものの食べ過ぎは、胃がんになる」——多くの人が一度は耳にしたことがあるこの通説。インド、韓国、タイといった激辛料理で知られる国々は、本当に胃腸系のがんが多いのでしょうか?最新の国際データを分析したところ、この長年の定説を覆す、驚きの事実が明らかになりました。
衝撃のデータ:胃がん発生率は日本と韓国が突出
国際がん研究機関(IARC)が発表した2022年の最新データを見ると、当初の予想は完全に裏切られます。人口構成の違いを調整した「年齢調整発生率」で比較すると、胃がんの発生率が最も高いのは、激辛のイメージが強い国々ではなく、日本(10万人あたり27.6人)と韓国(同27.0人)だったのです。
この数値は、激辛料理で知られるインド(4.5人)やタイ(2.9人)、そして欧米食のアメリカ(4.1人)と比較して、約6倍から9倍も高いという驚くべき結果です。データは明確に、「激辛料理の国で胃がんが多い」という仮説が事実ではないことを示しています。
▼主要な消化器がんの発生率(2022年、人口10万人あたり)
国名 胃がん 大腸がん 食道がん
日本 27.6 36.6 4.8
韓国 27.0 24.9 2.1
米国 4.1 27.0 2.8
インド 4.5 4.9 5.0
タイ 2.9 12.7 2.8
出典: GLOBOCAN 2022データに基づく
では、なぜ日本と韓国で胃がんの発生率がこれほどまでに高いのでしょうか?専門家が指摘するのは、唐辛子よりもはるかに強力な、2つの「真犯人」の存在です。
真犯人①:胃がん最大の原因「ピロリ菌」
胃がんリスクの最大の要因として科学的に確立されているのが、ヘリコバクター・ピロリ菌です。世界保健機関(WHO)はピロリ菌をタバコやアスベストと同じ「確実な発がん物質」に分類しています。
ピロリ菌の慢性的な感染は胃に持続的な炎症を引き起こし、胃がんへと進行する主要な原因となります。そして、胃がんの発生率とピロリ菌の感染率には、強い相関関係が見られます。
日本・韓国: 歴史的にピロリ菌の感染率が非常に高く、胃がん患者の約99%がピロリ菌感染を背景に持つとも言われています。
米国: 感染率はアジア諸国に比べて低い水準です。
この分布は、胃がん発生率のデータと見事に一致します。日本と韓国における突出した胃がん発生率は、激辛料理ではなく、国民における高いピロリ菌感染率によって最も強く説明されるのです。
真犯人②:見過ごせない共通リスク「塩分の過剰摂取」
もう一つの強力なリスク因子が、食塩の過剰摂取です。高濃度の塩分は胃の粘膜を傷つけ、ピロリ菌の感染を助長したり、発がん物質の影響を受けやすくしたりします。
WHOは1日の食塩摂取量を5g未満に抑えることを推奨していますが、今回分析した5カ国はすべて、この基準を大幅に上回っています。
日本: 約10.1g/日(醤油、味噌、漬物など)
韓国: 約8.4g〜8.8g/日(キムチ、スープ、チゲなど)
米国: 約8.6g/日(加工食品、外食など)
インド: 約9〜10g/日(家庭料理、ピクルスなど)
タイ: 約9.2g/日
激辛料理を食べる国もそうでない国も、共通して「高塩分食」というリスクを抱えています。特に、ピロリ菌感染率が極めて高い日本と韓国では、この2つの要因が相乗効果を生み、世界でも類を見ない高い胃がんリスクとなっていると考えられます。
唐辛子の辛味成分「カプサイシン」の役割は?
では、唐辛子に含まれる辛味成分「カプサイシン」は無罪なのでしょうか?科学的な研究を紐解くと、その評価は非常に複雑です。
一部の研究では、唐辛子の過剰摂取が胃がんや食道がんのリスクを高める可能性が示唆されています。しかしその一方で、カプサイシンには抗酸化作用や抗炎症作用があり、がん細胞の増殖を抑えるという報告も多数存在します。
ある研究では、カプサイシンの少量摂取は胃がんリスクを低下させる一方で、中〜高用量の摂取はリスクを増加させるという、量に依存した逆の効果(ホルミシス効果)が示されました。
結論として、カプサイシンが国レベルの癌発生率を決定づけるほどの単独要因ではない、というのが現在の科学的な見方です。その影響は摂取量や調理法、他の食事内容によって変わる「調整役」と考えるのが妥当でしょう。
がん予防のために私たちができること
今回の分析から、特定の食品を過度に恐れるのではなく、科学的に確立されたリスクを管理することの重要性が見えてきます。消化器がんのリスクを減らすために、専門家は以下の点を推奨しています。
減塩を心がける: 最も普遍的で重要な課題です。加工食品の栄養成分表示を確認し、家庭での調理では出汁や香辛料を活用しましょう。
ピロリ菌の検査と除菌: 特に胃がんリスクの高い日本では、ピロリ菌の検査を受け、陽性であれば除菌治療を行うことが最も効果的な予防策の一つです。
禁煙と節度ある飲酒: 禁煙は最も確実ながん予防策です。
バランスの取れた食事と適正体重の維持: 野菜や果物を豊富に摂り、食物繊維を十分に摂取することは、特に大腸がんの予防に有効です。
定期的ながん検診: 症状がなくても、推奨される年齢になったら定期的に検診を受けることが、早期発見・早期治療に繋がります。
「辛いものが胃がんの原因」という通説は、データによって否定されました。本当に注意すべきは、塩分の多い食生活とピロリ菌です。正しい知識を身につけ、日々の生活習慣を見直すことが、健康への確かな一歩となります。