これからの肌寒い季節に30代40代の誕生日を迎えるが、誰からも祝ってもらえない…、そんな人にオススメなのが、ほっかほかの豪華な「おでん缶」。プレゼント感がたっぷりの赤いおっきな缶をあけると、湯気がたちのぼり、美味そうなおでんがザックザク。さみしかろうと、最高にハッピーな一品だ。
これは新宿、銀座にあるおでんの老舗「お多幸」がこっそり売っている、持ち帰り用のおでんのこと。筆者は昼間、繁華街の雑居ビルで清掃のアルバイトをしているのだが、そこの60歳だという女性の先輩に教えてもらった。
「私も前の先輩に教えてもらったのよ。うちの清掃会社の独身ババたちに伝わる、自分へのご褒美ってやつよね。帰っても猫しかいないでしょ、だから私、毎年自分の誕生日にこれ買って帰ってるの」
独身街道をひたすらゆく筆者も、ちょうど誕生日をむかえたので買ってみた。
新宿のお多幸は、マルイ裏手にあり、古ぼけているけれど、あたたかい灯りをともしている。扉をあけるとカウンターでは熟年のカップルやサラリーマンの2、3人の男たち、女性だけのグループが楽しそうな顔をして飲んでいる。いいなあ。
「いらっしゃいませ」と威勢のいいお兄ちゃんに、「持ち帰りのおでんが欲しいんですが」と言うと「はい!」と元気に返してくれる。値段は2200円からで、プラス缶代が400円、最低2600円からといい値段だ。具材は自分で選ぶことも、おまかせもできるそうなので、後者でおねがいした。
「ご予算に合わせて作りますよ」という。この前、おばちゃんが「はい、おめでとう」と、とつぜん500円玉を2枚にぎらせてくれていたので「じゃあ缶代入れて3500円で」と。
三十路女が一人で、持ち帰りのおでんを買うのもうろんだろうな、などと思って、つい店員のお兄ちゃんに「今日、誕生日なんですよね」と口走ってしまった。コミュ障の自分のバカ〜…。だが「じゃあいいとこ選んでおきますね」とにっこり。ううう。
「おまたせしましたー」と言って渡されたおでん缶の袋はぎっしり重い。赤い缶、おでんのつゆがたっぷり入ったボトル、黄色いのは粉からしのまんまの粉だ。箸が2膳入っていた、ありがたく一人ですべて使わせてもらおう。缶をさわるとあっちあち。
電車のなかにほのかにおでんの香りをさせながら帰ってきたのだが、ちょっと恥ずかしかった。
缶をあけると湯気がたちのぼり、中には入っていたのは以下。さといもが3つ、ちくわぶ、しゅうまい、昆布のごぼう巻き、ねりもの大きいのや小さいの、魚のすじ、フィストサイズのでかい大根、たまご、こんにゃく、あつあげ、煮こまれて超固ゆでになった卵。
粉がらしを練って、皿にのせたおでんにつゆをたっぷりかけて温め直して、氷結ストロングをあけて一人で乾杯! お多幸のおでんはうまい。つゆが美味い。最近ではコンビニおでんをはじめとして塩系のつゆが主流だが、ここのは醤油の味がつよくて甘め、うま味調味料もきいた、懐かしくって美味い汁。
うちの清掃会社の独りモンのおばちゃんたちが代々、自分の誕生日にこれを買ってきたのはわかる。豪勢でごちそうなのに、じんわりとするいい味なのだ。ただ美味しいんじゃなくて、いいのだ。彼氏もいなくて、貧乏で、清掃のバイトもライター業も、どうにもならない自分だけど、誕生日に奮発したおでんだけは超おいしくって、もうね、なんかね。
で、500ミリのストロング缶を2本飲んで、一人おでんパーティーはおしまい。だが、おでんはまだまだたっぷりあり、翌日も朝からバクバク食べた。
そしてこれはすごく大事な話。お多幸のおでんは元々よく煮込まれているけど、家で一晩ねかせるだけで、婿入りしてきた男のようにやさしい味わいになる。なので、一晩で全部たいらげてしまうんじゃなくて、絶対に残しておいて、“一夜漬け”になったおでんを翌朝また食べてもらいたいところ。
先輩にLINEで報告すると「汁がたくさんあまるでしょ。その汁でうどん作ると美味しいです(^^ゞ」と返ってきた。のこりの汁で絶対そうしよう!
こんな一人バースーデープレゼントは他にないです。ただし、リア充のみなさんには、ご遠慮願いたい!
文/高野景子