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仮に20パーセント浮くとして、会社はどこまで返すのか

AIで上がった生産性の取り分を、会社と社員でどう割るか。大手の人事責任者が、まだ解けていないと認めた。

1 会議で、誰も答えられなかった問い

製薬大手ブリストル・マイヤーズ スクイブのエグゼクティブ・バイスプレジデント兼最高人材責任者、アマンダ・プールが、壇上でこう問いかけた。

「仮にAIで生産性が20パーセント上がるとしよう。そのうち会社として取り戻す部分はどれで、返す部分はどれなのか」

そして、こう続けた。

「まだ解けていない。続きはこれからだ」

Fortuneの記者エマ・バーリーが2026年10月19日に報じた、Fortune Most Powerful Women会議でのやりとりである。登壇したのはIndeed、Dropbox、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、そしてペプシコの幹部たち。AI導入の最前線にいる人たちが集まって、答えが出なかった。

20パーセントという数字は、プールが議論のために置いた仮定であって、実測値ではない。だが仮定の置き方そのものが、問題の輪郭をよく表している。生産性が上がったとき、その分は自動的に誰かのものになるわけではない。配分は、誰かが決める。

2 Indeedでは、週に6時間が浮いている

実際に数字を出した会社もある。

求人サイトIndeedの最高収益責任者マギー・ハルスによれば、同社ではAIによってソフトウェアエンジニアが50パーセント多くコードを書けるようになり、従業員の時間が週に6時間浮いているという。これはIndeedの社内の数字であって、業界全体の話ではない。

週6時間。けっして小さくない。

ハルスの言葉は明るい。

「私たちはより速く動けるし、より速く革新できるし、より速く発明できる。そして面白い仕事をどんどん増やせる」

同社はその浮いた時間を、創造的な思考とイノベーションに振り向けようとしている。ここまでは、よくできた話に聞こえる。

3 浮いた時間の行き先は、まだ決まっていない

ただし、浮いた時間が本当に創造的な仕事に向かっているのかは、別の話である。


同じ記事が引いているQuantum Workplaceの2026年のデータによれば、AIを頻繁に使う米国の従業員は、使わない従業員より燃え尽きを報告する割合が高い。

速くなったのに、疲れている。

これは矛盾ではない。浮いた時間に次の仕事が入れば、単位時間あたりの密度が上がるだけだからだ。AIの生産性向上は、休憩時間を生むとは限らない。何もしなければ、より多くの仕事を同じ時間に詰め込む装置として機能する。

プールの問いが重いのは、ここである。20パーセント浮いたとき、放っておけば20パーセントは会社に行く。返す部分は、意識して決めなければ発生しない。

4 Dropboxが心配しているのは「思考の萎縮」

別の角度からの懸念も出た。

Dropboxの最高人材責任者メラニー・ローゼンワッサーは、こう述べている。

「思考をAIに外注すると、その過程で人は知的でなくなっていく」

同社は、労働者が考える作業をAIに渡し続けることで起きる認知の萎縮を、実際のリスクとして検討している。対策として模索しているのが、記憶の訓練、注意力の訓練、そしてパズルの導入だという。

会社が社員に、わざわざパズルを解かせる。奇妙に聞こえるが、筋は通っている。使わない機能は衰える。それが筋肉であれ、記憶であれ、同じことだ。

ここにも配分の問題がある。AIに渡した作業のうち、どこまでが「面倒だから渡してよい作業」で、どこからが「渡すと自分が弱る作業」なのか。線を引けるのは、本人しかいない。

5 「千の切り傷による死」

ペプシコのグローバル最高戦略・変革責任者であり、ペプシコ ラテンアメリカのCEOでもあるアシーナ・カニオウラは、別の警告を出している。

あらゆるAI活用に事業上の正当化を求めると、数値化しにくい便益を見落とす。その姿勢を、彼女はこう評した。

「千の切り傷による死」

この指摘は、日本の会社でよく見る光景と重なる。導入するたびに効果測定を求められ、数字が出せないものは止まる。結果として、定量化しやすい工程だけが自動化され、定量化しにくい部分、たとえば判断の質や、人の育ち方は、議論の外に置かれる。

6 取り分の話は、すでに数字に出ている

配分がどうなっているかは、実のところ、マクロの統計がもう答えを出している。

本稿では別稿で、生産性は上がったのに実質賃金は下がったという話を扱った。米国の労働者の取り分は2026年4月から6月期に52.9パーセントまで下がり、1947年以来の最低になっている。実質賃金は3.1パーセント下落した。日本の労働分配率も53.9パーセントで、51年ぶりの低さである。

つまり、プールが「まだ解けていない」と言っている問題は、解かれていないまま、すでに一方向に傾いている。放置の結果は中立ではない。

読者の側で確かめられることは、ひとつだけある。AIで早く終わるようになった分、自分の手元に何が残ったか。休む時間か、裁量か、給料か。何も残っていないなら、20パーセントは全部、向こう側に行っている。

よくある質問

AIで生産性が上がると、給料は上がるのか?

自動的には上がらない。ブリストル・マイヤーズ スクイブの最高人材責任者アマンダ・プールは、仮に20パーセント生産性が上がったとして、会社が取る部分と社員に返す部分をどう決めるかという問いを公の場で提起し、まだ解けていないと述べた。配分は意識的に決めない限り発生せず、実際に米国の労働分配率は2026年4月から6月期に52.9パーセントと1947年以来の最低を記録している。

AIを使うと、なぜ燃え尽きが増えるのか?

Quantum Workplaceの2026年のデータでは、AIを頻繁に使う米国の従業員は使わない従業員より燃え尽きの報告率が高い。速くなった分の時間に次の仕事が入れば、単位時間あたりの密度が上がるだけになる。生産性の向上がそのまま余裕につながるとは限らない。

AIに任せすぎると頭が悪くなるのか?

Dropboxの最高人材責任者メラニー・ローゼンワッサーは「思考をAIに外注すると、その過程で人は知的でなくなっていく」と述べ、同社は認知の萎縮を実際のリスクとして検討している。対策として記憶の訓練、注意力の訓練、パズルの導入を模索しているという。渡してよい作業と渡すと自分が弱る作業の線引きが論点になる。

AI導入に毎回、投資対効果を求めるのは間違いなのか?

ペプシコのアシーナ・カニオウラは、あらゆるAI活用に事業上の正当化を求めると数値化しにくい便益を見落とすと論じ、その姿勢を「千の切り傷による死」と表現した。定量化しやすい工程だけが自動化され、判断の質や人材の育成といった測りにくい領域が議論から外れる危険がある。

編集部: