米国の労働者の取り分が2026年4〜6月期に52.9%まで下がった。1947年以来の低さで、同じ四半期の実質賃金は3.1%下落している。
給与明細を開く。振込額は去年とそれほど変わらない。仕事のやり方は変えたし、以前より短い時間で多くを片づけている自覚もある。それなのに、手元に残る購買力は増えた気がしない。会社が生み出した価値のうち、いくらが自分に返ってきているのか。
この感覚には、統計上の裏づけがある。しかも日本だけの話ではない。
同じ時間で、より多く作った四半期
米労働統計局(BLS)の速報値によれば、2026年4〜6月期の米非農業部門の労働生産性は前期比年率で1.4%上昇した。産出は1.7%増えている。ところが、その産出を生むために投じられた労働時間は0.3%しか増えていない。人を増やさず、残業も増やさず、出てくるものだけが増えた四半期だった。
これは一度きりの数字ではない。産出の伸びが労働時間の伸びを上回る状態は、過去2年間ずっと続いている。Indeed Hiring Labは、効率化か、人員配置の改善か、AI導入の初期効果か、あるいはその組み合わせによる構造変化の兆しだと見ている。断定はしていない。原因を特定できるほどの材料は、まだ誰の手にもない。
労働者の取り分は52.9%まで落ちた
生産性が上がったなら報酬も上がるはずだ、という直感は裏切られる。同じ四半期の実質時間当たり報酬は3.1%下落した。2022年10〜12月期以来の低さである。前週に出た雇用コスト指数でも、賃金の伸びが2022年以来はじめてマイナスへ転じたことが確認された。
そして、産出のうち賃金と給付として働く側に渡る割合は52.9%まで下がった。1947年以来の低さである。第二次世界大戦が終わって2年後より、労働者の取り分は薄い。
パイは大きくなった。切り分けられる一切れは薄くなった。2026年に入ってからの米国では、より多く作っているのに実質賃金がそれに比例しない状態が一貫して続いている。残りの取り分がどこへ行ったのかは、52.9%という数字の裏側を見ればわかる。
「変革的」と答えたエコノミストは4%だった
では、専門家はこの技術をどう見ているのか。Indeed Hiring Labのエコノミスト、Sneha Puriがまとめた調査(Labor Market Outlook Survey)では、今後3年間にAIが生産性を押し上げると答えたエコノミストはほぼ全員だった。ここまでは予想どおりである。
割れたのは、その先だった。70%が押し上げ効果は「わずか〜中程度」にとどまると答え、「変革的」と答えたのはわずか4%だった。
つまり専門家のほぼ全員が効くと言いながら、そのほぼ全員がそこまでは効かないとも言っている。世の中で語られるAIの物量と、この4%のあいだには、かなりの落差がある。
イングランド銀行が見たのは、求人が消える現場だった
英国の中央銀行、イングランド銀行の分析はもう少し踏み込んでいる。AIを開発・利用している英国企業は生産性を高めているが、その伸びは雇用を犠牲にして得られている、というのがその中身だ。ただしこれは同行スタッフによるブログ投稿であり、中央銀行としての公式見解そのものではない。データ・統計部門のアナリスト、Haley Schlichtは「AI導入が進んだと報告している業種は、生産性のパフォーマンス改善の兆しも見せている」と書いている。
数字で見ると、ソフトウェアやITコンサルティング企業の年間生産性成長への寄与は、コロナ前の10年間と比べて10倍に増え、2023〜2025年に0.1ポイントを寄与した。伸びている業種は確かに伸びている。
問題は、その裏で求人が減っていることだ。AIに最もさらされている職種の求人は過去3年間で15%減った。中程度の職種は10%減、影響の小さい職種は6%減にとどまる。さらされているほど、求人が消えている。とりわけカスタマーサービスと事務職は20%以上落ち込んだ。日本の会社にも必ずある部署である。
同行のアンドリュー・ベイリー総裁は、これとは別の角度から語る。AIの生産性への効果は、企業が使い方を学ぶまで時間がかかるためJカーブを描く可能性が高い。だからこの技術には、英国経済を長期の低成長から脱出させる力がある、と。落ち込んでから上がる、という見立てだ。いま起きているのが、そのカーブのどのあたりなのかは誰にもわからない。
日本の労働分配率は53.9%、51年ぶりの低さだった
日本はどうか。日本経済新聞が財務省の法人企業統計をもとに年度ベースで算出したところ、2024年度の労働分配率は53.9%となり、1973年度以来51年ぶりの低水準だった。
ここで注意がいる。米国の52.9%と日本の53.9%は、同じ物差しの数字ではない。米国は産出に占める労働者の取り分、日本は法人企業統計の付加価値に占める人件費で、定義が違う。並べて「日本のほうが高い」と読むことはできないし、「ほぼ同じ」と言うこともできない。
比べられるのは水準の話だけである。そして、その水準の話としては同じことが起きている。どちらも半世紀ぶりの低さだ。日本企業の内部留保は2024年度末で636兆円に達し、過去最高を更新した。稼いだ分がどこに積まれているかは、この数字が示している。
それでも日本の実質賃金は、いまプラスに転じている
もっとも、日本の直近の景色は少し違う。2025年の実質賃金指数は前年比マイナス1.3%で、4年連続のマイナスだった。給料の伸びを物価が食い続けた4年間である。
そこが変わった。厚生労働省の毎月勤労統計調査による2026年5月分の速報では、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で実質化した指数が84.3となり、前年同月比1.4%増。5か月連続のプラスである。
からくりは単純な引き算だ。同月の現金給与総額は311,165円で前年同月比3.2%増、4か月連続で3%以上の伸びは34年2か月ぶりだった。対する物価の伸びは1.7%。3.2から1.7を引いた残りが、1.4という数字である。
名目が物価を上回れば実質賃金は増える。それだけのことだ。逆に言えば、物価がもう少し走れば、この5か月は簡単に終わる。米国で起きているのは、名目の伸びが物価に追い抜かれた状態そのものだった。
生産性が上がったぶんは、自動的には給料にならない。上がったぶんをどこに置くかは、生産性ではなく分配が決めている。52.9%と53.9%は、そのことを別々の統計で同じように言っている。
よくある質問
実質賃金はなぜ上がらないのか
名目賃金の伸びが物価の伸びに追いつかないと、実質賃金は下がる。加えて、生産性が上がってもその成果が労働者への分配に回るとは限らない。米国では2026年4〜6月期に労働生産性が1.4%上昇した一方、産出のうち労働者に渡る取り分は52.9%と1947年以来の最低へ落ち、実質時間当たり報酬は3.1%下落した。生産と分配は別の問題である。
労働分配率とは何か
企業が生み出した価値のうち、どれだけが賃金や手当などの人件費として働く側に配分されたかを示す指標である。日本では2024年度に53.9%となり、1973年度以来51年ぶりの低水準を記録した。ただし労働分配率には複数の定義があり、法人企業統計の付加価値に占める人件費で見るか、国民所得に占める雇用者報酬で見るかで数値は大きく変わる。米国の「労働者の取り分」は産出に占める割合なので、日本の数値とは直接比較できない。
労働生産性が上がれば賃金も上がるのか
必ずしも上がらない。米国では産出の伸びが労働時間の伸びを上回る状態が2年続いているが、2026年4〜6月期の実質時間当たり報酬は下落した。Indeed Hiring Labは効率化・人員配置の改善・AI導入の初期効果が複合している可能性を挙げているが、AIが直接の要因だとは断定していない。生産性の上昇が賃金に回るかどうかは、分配の側で決まる。
日本の実質賃金はいまプラスなのか
直近ではプラスである。2025年の実質賃金指数は前年比マイナス1.3%で4年連続のマイナスだったが、厚生労働省の2026年5月分速報では指数84.3、前年同月比1.4%増となり5か月連続のプラスとなった。同月の現金給与総額の伸び3.2%が、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)の上昇率1.7%を上回ったことによる。名目の伸びが物価に追い抜かれれば、再びマイナスに戻る。