映画を見る前、誰もが必ず目にするはずの予告編。だがその制作現場が語られることは、ほとんどない。映画予告編を専門に手がける株式会社ココロドルの代表取締役・密本雄太氏が2月25日、メディア向けのラウンドテーブルを都内で開催し、業界の構造から制作の裏側まで初めて公開した。
映画を作る仕事と、映画を売る仕事は違う
フィルム時代、予告編は助監督が手がけるものだった。目的は「作品を正しく伝えること」であり、結果として作品紹介の映像になりやすかった。それがデジタル時代に入り競争が激化するにつれ、目的が根本から変わった。「見た人の行動を変えないといけない。つまり、見た人を劇場に足を運ばせないといけない」という考え方が生まれ、広告的な専門性を持つ制作会社が登場した背景がある。
密本氏は自社の立ち位置についても言い切った。「クリエイティブとは0から1を生み出す仕事だと思っています。だけど我々は1を10にする仕事です」。そのためココロドルでは「クリエイター」という言葉を使わず、スタッフを「エディター」「ディレクター」と呼ぶ。感覚や才能ではなく、法則化された設計によって一定のクオリティを担保するという考え方が、会社の根幹にある。
同じ映画でも日米でこんなに違う
制作論の最初に挙げられたのが、国と文化による作り分けだ。文化人類学の「CTR(Cultural Thinking Rules)」という考え方を活用しており、日本は「謙遜・集団主義・依存主義」、アメリカは「対等主義・個人主義・自律主義」という傾向を指標にして構成を変える。
実例として示されたのが「アナと雪の女王」だ。日本版の予告編は姉妹の絆とストーリーを中心に構成され、感動的な作品として紹介されている。対するアメリカ版はジョークを軸にテンポよく展開し、オラフをはじめとするキャラクターを全員登場させる。「同じ映画でも、国によって全く違うものになる」という言葉通り、2本は別の作品のように見えた。
その予告編が大きな話題になった『FALL』『禍禍女』、その予告編もココロドルが手掛けている。
本編にないセリフ、本編にないシーン
会場がざわついたのが「ADR」の話だ。予告編には、本編に存在しないセリフやシーンが含まれることがある。ハリウッドでは広く行われている手法で、密本氏はマット・デイモン主演の映画『オデッセイ』(原題:ザ・マーシャン)を例に挙げた。
「詐欺じゃないかという声も聞こえてきそうですが」と苦笑しつつ、密本氏はこう説明する。「予告編を見て満足してしまったら、劇場には来てもらえない。だから『結』で終わらせるのではなく、観客に疑問を残す終わり方にしないといけない」。本編にないシーンを加えることで”…(点点点)”を意図的に作り出し、観客を映画館へ引き込む設計だ。
予告編は、音だけでいい
制作で最も重視するのが音だと密本氏は言う。「ハリウッドでは予告編の予算の大半が音につぎ込まれている」。予告編の音楽は本編のサウンドトラックとは別物で、予告編専用に制作される。ハリウッドには「トレーラーミュージックコンポーザー」と呼ばれる専門の作曲家まで存在するが、日本にはまだない。
なぜそこまで音にこだわるのか。密本氏は人間の感覚の構造から説明する。「視覚は能動的で、怖ければ目をつぶってシャットダウンできる。でも聴覚は受動的で、遮断できない」。この日会場では、同じ映像に異なる音楽をつけた比較映像が披露された。ある映画の素材を使い、BGMと効果音だけを差し替えると、まったく同じカットがホラーにも、ラブストーリーにも見えてしまう。客席から驚きの声が上がった。
動物の声を使うテクニックも紹介された。悪役が登場する場面にライオンの咆哮を重ねたり、爆発シーンに鷹の鳴き声を入れることで臨場感を増幅させる。「人間は動物の声に本能的に反応する。危険信号として体が先に感じ取る」と密本氏は述べた。
感情曲線という設計図
予告編はAct1・Act2・Act3の三幕で構成され、視聴者の感情が緩やかに高まり、最後に一気に引き上げられる設計になっている。Act1で世界観と主人公を提示し、Act2で敵や困難を描き、Act3でクライマックスを見せる。「この設計図が、うちのディレクターの机の脇に貼ってあります」。
「感情曲線と聞くと感覚的なものに思えるかもしれませんが、これはパズルです」。根拠として密本氏が挙げたのが認知評価理論で、人が何かにはまるとき、まず気になり、徐々に引き込まれ、最後に欲求が確定するという3段階の構造がある。三幕構成はその心理に沿って最適化された形だという。
昨今のSNS普及を受け、最初の1秒で興味を引く「コールドオープン」と末尾に印象を残す「ボタン」を加えた発展形も登場している。「これを明示的に語っているのは国内では弊社だけだと思っています」と密本氏は言った。
ラウンドテーブルの締めくくりに、3月16日(日本時間)に控える第98回アカデミー賞に触れた。ノミネート作品のひとつ「アルコ」(4月24日公開予定)の予告編も、ココロドルが手がけたという。「予告編は作品の一部ではなく、劇場に足を運んでもらうための広告のひとつでしかない。だからこそ、これだけ緻密な計算をしないといけない」。密本氏がそう語る表情に、迷いはなかった。