新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染症の後、いつまでも続く倦怠感や思考力の低下(ブレインフォグ)、めまい、筋肉痛…。こうした「コロナ後遺症(ロングコビッド)」や「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)」に、世界で数億人もの人々が苦しんでいます。
なぜこのような症状が長引くのか、その根本的な原因は長らく謎に包まれていました。しかし、この謎を解き明かすかもしれない、非常に興味深い新説が、国際的な研究チームによって提唱されています。
その鍵を握るのは、私たちの血管の中に潜む「ゾンビ細胞」だというのです。
謎の体調不良の正体?「ゾンビ細胞」仮説とは
研究チームが提唱する新説の中心にあるのが、「細胞老化(cellular senescence)」、通称「ゾンビ細胞」です。
これは、ウイルス感染などのダメージによって、細胞が分裂を停止した「半死半生」の状態になったもの。死んでしまうわけではなく、体内に留まりながら、まるでゾンビのように周囲に有害な物質を放出し続けます。
特に、血管の内側を覆う「血管内皮細胞」がゾンビ化すると、次のような問題が引き起こされると考えられています。
小さな血栓(マイクロクロット)の形成:血液をドロドロにし、血栓をできやすく、かつ溶けにくくします。
血流の悪化:血管が収縮し、体の隅々まで酸素が届きにくくなります。
慢性的な炎症:免疫システムを常に刺激し、混乱させ、終わらない炎症を引き起こします。
この「血管内皮細胞のゾンビ化」という一つの現象で、これまでバラバラに見えていた後遺症の様々な症状を、統一的に説明できる可能性があるのです。
なぜ「ゾンビ細胞」が多様な症状を引き起こすのか?
では、この仮説は、後遺症の具体的な症状をどのように説明するのでしょうか。
極度の倦怠感・運動後の悪化
血流の悪化で、筋肉に十分な酸素が届かなくなります。特に運動時には、本来は拡張して血流を増やすべき血管が逆に収縮してしまい、筋肉が酸欠状態に。これが、少し動いただけでも極端に疲れてしまい、翌日に寝込んでしまう「クラッシュ」の原因と考えられます。
ブレインフォグ・めまい
同様の血流低下が脳で起きることで、思考がぼんやりしたり、めまいが起きたりします。
お腹の不調
腸の血管がダメージを受けることで、腸壁のバリア機能が低下。本来は体内に入るはずのない細菌などが血中に漏れ出し(リーキーガット)、さらなる炎症を引き起こします。
血管は全身を巡っているため、たとえゾンビ細胞が血管のあちこちに点在しているだけでも、全身にわたる多様な症状を引き起こす原因となりうるのです。
なぜ「ゾンビ細胞」は消えないのか? そして未来への希望
健康な人の体内では、こうしたゾンビ細胞は免疫システムによってきちんと除去されます。しかし、後遺症に苦しむ患者さんの多くは免疫機能自体が低下しており、ゾンビ細胞を排除しきれません。さらに、ゾンビ細胞自身が免疫の攻撃をかわす物質を出すことも分かってきました。
こうして「ゾンビ細胞が免疫を弱らせ、弱った免疫がゾンビ細胞の増殖を許す」という、悪循環が生まれてしまうのです。
しかし、希望の光も見えています。
研究チームは現在、この仮説を証明するため、患者さんの血液を使って健康な細胞がゾンビ化するかを調べる実験や、体内のゾンビ細胞を直接見つけ出すための新しい画像技術の開発を進めています。
もし体内のどこにゾンビ細胞がいるかを特定できれば、その細胞だけを狙って除去する治療薬(セノリティクス薬)の開発に繋がります。
原因不明の長いトンネルの先に、ようやく出口の光が見え始めたのかもしれません。この分野の研究の進展に、大きな期待が寄せられています。