「プロボノ」という、企業のCSRで注目される用語をご存知だろうか。仕事で得た経験やスキルを活用し、各分野の専門家が無償でおこなう社会貢献活動のことだ。「プロボノ」の由来はラテン語で“公共善のために”を意味する「pro bono publico」の略。元々は弁護士による無償の相談などを指していたが、現在では個人、企業などの団体を問わず、専門的な知識や技能を、自治体やNPOに無償で提供することを指すようになっている。
多くの企業のCSRやCSVといった活動では、せっかくその会社ならではのリソースを持っているにも関わらず、それを有効に使うことのないボランティア活動となっている場合も多い。そうなる原因として、自社のスキルを生かすことの意義を見いだせない、といった話もよく聞く。だが「プロボノ」は支援を受ける側のみが得するというものではなく、行う側に新しい気付きをもたらし、スキルやノウハウの習得にもつながる“実のある”活動だ。
「プロボノ」という言葉や、その意義も認知されていないうちから、23年にもわたりこのような活動を行ってきた企業がある。毛髪製品の製造販売で業界を牽引し続けている株式会社アートネイチャーだ。「プロボノ」についてよくわかる好事例として紹介しよう。
高齢者の表情が明るくなるボランティア
アートネイチャーは、髪に悩みを持つ子どもたちにウィッグをプレゼントする「リトルウィング・ワークス」(1998年開始)、乳がん検診を推進するピンクリボン運動への参加(2008年)など、社会貢献活動に積極的な企業として知られている。その中でも最も古い活動が「カットボランティア」だ。
現在同社は、東京・武蔵野市にある高齢者施設「桜堤ケアハウス」の入居者やデイサービス利用者を対象に、月2回約3時間の無料カットを行っている。利用者の散髪して欲しいというニーズと、アートネイチャーの若手スタイリスト用のカットモデルが欲しいニーズ、この2つがマッチして生まれたものだ。
11月下旬、桜堤ケアハウスでのカットボランティアの取材に行くと、施設内の一室が美容室へと早変わり。年配の施設利用者たちを、もしかしたら孫より若いかもしれないスタッフたちが、和やかに談笑しながらカットをしていた。長年続くボランティア活動だけに、スタッフの一部はお互い顔見知りのようだ。
終わった利用者が、施設職員から「あら、どこの美人かと思ったわ!」と言われると、はにかみながら嬉しそうな表情を見せるといった様子も。
桜堤ケアハウスの村田学施設長によれば「アートネイチャーの若いスタッフの方の交流は、利用者の方にとって、生き生きする刺激になります。また女性の利用者の方が特になのですが、カットしてきれいにしてもらうと、とても気持ちにハリがでるようです」という。
そもそもこの活動自体は、理・美容室に行くことができない高齢者のために行われている。理・美容室にカットに行くことは、店まで行く、自分の番を待つ、カットを受ける…など高齢者の肉体的な負担がかなり大きい。またその高齢者に同伴する家族はそれだけで時間が潰れてしまう、それに伴う経済的な問題もある。高齢者にとってヘアカットは一大事で、行きたくとも行けない人も多くいるのだ。
村田施設長は「高齢者にとって髪を切りにいくことは様々な負担が生じます。うちに入所してきたときには、ずっと髪を切らずにいたため、腰まで髪があったという方もいました。だから無償でカットに来てくれるのは本当にありがたいです。また利用者の体力もふまえてくれているので、短い時間で終わらせてくれます」と語った。
現場で見ていても、様々な心配や負担がないせいか、カットを受けている利用者の表情は皆一様に明るかった。そしてカットを通じて利用者同士のコミュニケーションが生まれたり、職員との新しい会話の糸口になったりする様子は、取材者も明るい気持ちにさせてくれた。
23年間続けてきたアートネイチャーにとっての意味
アートネイチャーは、この「プロボノ」に企業としてどのような意味を見出しているのだろうか?
アートネイチャーは自社のサロンにスタイリストを擁しており、新人は研修や現場で技術を学んでいく。しかし接客にしても技術にしても、よりたくさんの経験を積む必要がある。そこでマッチするのがこのカットボランティアだ。
若いスタイリストは、親子のような年齢のお客を相手にすることもあるが、こういった場で慣れておくことで、しっかりとした接客を行うことができるようになる。
技術にしても、桜堤ケアハウスの現場では、若いスタイリストの上司が「こういった場合は…」としっかりと指導を行っている。またこのボランティアが終わった後も会社に戻り、反省会を行うという。
メンズ技術指導部・實方法一課長は「桜堤ケアハウスの入居者の方は、80~90代の方が中心。歩行が難しい方も多くいらっしゃいます。研修スタッフは、祖父・祖母以上の年齢の方の身体を気遣いながら、コミュニケーションをとりますので、接客業である私たちはボランティアを通して多くを学ばせていただいています。また、(カットボランティアに)行くたびに「ありがとう」と感謝の言葉をいただけますので『やっていてよかった』と心から感じます。研修生たちも、身につけた自分たちの技術が社会に貢献していることを実感できるので、仕事への自信を深め、誇りを持てるようになっています。
施設に入居している皆さんや桜堤ケアハウスの職員の皆さん、そしてカットしている私たちも皆ハッピーな気持ちになれる。だからこそ、20年以上も良い関係を保ちながら活動を続けてこられたと思っています」と語った。
現場で感じたのは、アートネイチャーのこのカットボランティアは、プロボノを受ける方も、行う方も、お互いのニーズがマッチしているだけではなく、長年の活動から心も通いあっていたということ。このようなプロボノはきっと企業の“人”を技術でも心でも育てる効果があるはずだ。多くの日本企業がこういった活動を行ってもらうことで、地域や社会がより良いものになっていくだろう。